障害法学会シンポ「障害年金制度の課題―障害認定の再考必要性」趣旨説明                                 福田 素生(埼玉県立大学) 1. はじめに  障害年金は、稼得が不十分な障害者にとって重要な所得保障制度であり、特に、(施設を出て)地域で自立を目指す障害者にとっては命綱といっても過言ではない。ところが近年、制度への信頼を揺るがす深刻な出来事が相次いでいる。ここでは、代表的な事例などを二つご紹介したい。一つは、就労している知的障害者に関する滋賀県の事例で、一たん不支給と裁定されたケースについて、訴訟と並行して再度の裁定請求を行い、支給裁定を得たものである1。もう一つは、不支給割合が都道県間で最大で約6倍の差異があるという地域差の問題で、厚労省もその存在を認めている2。すなわち、同等の障害の状態にあっても、(不)支給の認定を受けた時期、場所、担当の認定医などにより支給の可否が異なる看過できない不公平が生じていることを疑わざるを得ない状況である。  これらの障害認定に関する問題については、障害認定基準の改正、「精神の障害に係る等級判定ガイドライン」の作成や障害年金センターでの一元的な認定の実施などにより、(新規認定については)部分的な改善が図られているが、それにより多数の年金受給者の支給停止の可能性の問題を逆に生じさせてもいる。そして、障害の認定を、(稼得能力の喪失、低下ではなく)日常生活能力に基づき、内部の規則により、保険者に属する認定医が、ほとんどの場合、単独判断により行う点は基本的に変わっておらず、障害認定の基準と方法3の両面で、年金を支給されるべき障害者が過不足なく、公平に障害年金を受けられる仕組みになっているのか、検討する必要がある。 2. 本シンポジウムで議論すること  障害年金をめぐる論点は、ミクロからマクロまで極めて多岐に渡る。例えば、初診日、認定日などの支給要件や、障害認定の基準・等級に関わる障害要件、障害認定の方法、年金額の水準などを挙げることができる。また、障害年金を含めた障害児・者に対する所得保障制度の全体像について、障害者雇用、介護や訓練等給付など隣接の諸制度との関係を含め、社会保障制度全体を視野に入れて総合的に議論しなければならない。特に、今後マクロ経済スライドの適用が本格化すれば、相当の減額が予想される障害基礎年金を含めた障害児・者の所得保障制度の全体像は重要なテーマになろう4。  しかし、報告者が2人という小規模なシンポであり、議論の拡散を防ぐため、本シンポのテーマは、公平な障害年金の支給と密接に関わる障害認定の基準と方法の問題、および障害認定の基準が整合的なものとしてそこから導かれるはずの障害年金の目的ないし要保障事由の問題に絞らざるをえない。障害認定の基準は、そもそも障害年金の制度目的に沿ったものになっているだろうか。そして、障害認定の基準をテーマとするに当たっては、障害者雇用促進法に基づく障害者雇用率制度や障害者総合支援法の訓練等給付による福祉的就労などにより、障害者の就労が一定程度、改善されている中で、稼得活動の中心となる就労と障害認定の基準の関係について、焦点を当てて議論できればと考えている。なお、前述の多岐にわたる論点は、相互に連関していることも多く、障害認定の基準に絞って議論するといっても他の論点に触れざるを得ない場合もあるが、本シンポでは、障害認定の基準に関連する論点に限って言及することをあらかじめお断りしておきたい。 3. 本シンポの進め方  本シンポは、2つの報告とそれぞれに対するコメント及び全体の議論を踏まえた総括的なコメントから構成され、その大まかな流れは以下の通りである。  最初の安部報告「障害年金における障害認定の現状」では、豊富な実務経験を踏まえ、現行の障害認定の基準の法的枠組み、実際の認定の状況とその問題点を、2級の障害年金を中心に論ずる。特に膨大で、複雑な障害認定基準を類型化し、障害の種別により、就労し所得を得ながら年金を受給できる場合がある一方、就労できず所得がないにもかかわらず、年金を受給できない場合が少なくないなど具体例にも触れながら、各障害種別に共通する障害認定の基準の考え方(どの程度の(稼得)活動の制限を障害と認定するのかの共通の判断枠組み)がないことを問題点として指摘する。また、ほとんどの場合、単独の認定医の判断に依存している障害認定の方法についても課題が指摘される。  それを受け、藤岡弁護士から、安部報告を丁寧に整理、貴重な指摘と評価した上で、私見と断って障害年金制度全般に関する提言(そもそも障害基礎年金と障害厚生年金は全く別の理念から構築・考察すべき別物など)が行われる。  次の永野報告「目的から考える障害年金の要保障事由」では、安部報告を踏まえて障害認定の問題点を確認した上で、障害年金の目的、要保障事由について法理論面からの検討が行われる。(労働による)稼得能力が喪失、低下した場合に所得保障を行うこととする障害年金制度の目的に関する政府の説明も踏まえつつ、障害年金の目的5、要保障事由や就労支援など他制度との関係も念頭におきながら、制度目的に沿った障害認定の基準(機能障害の幅広の確認と稼得活動の制限の2段階で認定)、年金額(逓減制)や認定の方法などについて提言を行う。  それを受け、関哉弁護士から社会モデルを踏まえた要保障事由や目的の捉え直し、認定基準や方法の見直しを提言する永野報告に賛意が示され、私見として、その場合、社会的障壁の除去により障害年金は不要との結論になりかねず、注意が必要なことが指摘される。  最後に橋本名誉教授から、シンポの趣旨や2つの報告に一定の理解、評価を示した上、「障害年金を人権論として根拠づけることの重要性」について、私見と断ってコメントされる。人権論から(拠出制の)障害年金制度の具体的な在り方を導出することの難しさを認めつつ、生存権的基本権としての憲法13条や障害者権利条約を手がかりに、障害者が尊厳を持った人間として生きられよう人権論の精緻化や深化に報告者とともに努力したいと述べる。  本シンポを通じて、障害認定の基準や方法などに関する骨太な議論の土台となるものが多少なりとも提供できれば幸いである。 1 詳細は、土井裕明(2010)「障害年金不支給裁定取消請求訴訟を振り返る」『賃金と社会保障』1515号参照 2 精神・知的障害に係る障害年金の認定の地域差に関する専門家検討会資料(厚生労働省ホーム頁)参照 3例えば介護保険では、特別養護老人ホームなどの入所高齢者のタイムスタディに基づく膨大な実証データを踏まえて要介護認定の基準が作成され、専門家からなる介護認定審査会の合議による判定を踏まえて、保険者が認定することを法定している。それでも要介護認定の地域差を指摘する声があることは周知のとおりである。 4 詳細は、河野正輝(2020)『障害法の基礎理論』第11章、拙稿(2019)「障害年金をめぐる政策課題」『社会保障研究』4巻1号などを参照。 5 障害を「社会モデル」で捉える潮流を踏まえ、「障害者が社会の中で被る不利益も勘案した上での「稼得活動の制限」に対し、所得保障給付を行うこと」を制度目的とする。 --------------- ------------------------------------------------------------ --------------- ------------------------------------------------------------