第7回日本障害法学会研究大会(別府大学,2022年11月12日)報告資料 障害者権利委員会の条約解釈――差別の場合 川島 聡 岡山理科大学 1. はじめに 2. 理論 (1)本報告の差別類型 (2)従来の差別類型 3. 事例 (1)考慮による差別の事例(Z事件) (2)非考慮による差別の事例 (2-1)合理的配慮の否定に着目した事例(ユンゲリン事件) (2-2)間接差別に着目した事例(ドミナとベンツェン事件) (2-3)合理的配慮の否定と間接差別の両方に着目した事例(HM事件) (3)考慮・非考慮による差別の事例(VFC事件) 4. むすびに 1. はじめに  日本が障害者権利条約(以下,条約)の義務を誠実に遵守するためには,国連の障害者権利委員会(以下,委員会)が条約をどのように解釈しているか,を適切に把握することが必須となる。委員会は,総括所見,一般的意見,見解等で自身の条約解釈を展開する。報告制度の下で,委員会が特定国を対象に採択するのが総括所見で,すべての締約国を対象に採択するのが一般的意見である。個人通報制度の下で,委員会が特定個人と特定国を対象に採択するのが見解である。総括所見,一般的意見,見解のいずれも,法的拘束力を形式的には欠いている。だが,委員会が条約によって報告制度・個人通報制度の運用権限を委ねられた機関である以上,これらの制度の下でなされる委員会の条約解釈には「相応の権威」が認められるべきであろう注1。 委員会の条約解釈に関して特に重要な論点の1つとなるのが,条約の禁止する差別の解釈である注2。なぜなら,世界各国において障害者が非障害者と比べて不利益に取り扱われてきたという問題状況を踏まえ,条約は「他の者との平等を基礎として」というフレーズを30カ所以上で用いるとともに,差別禁止を条約全体の重要な原則の1つに据えて(3条),市民的,政治的,経済的,社会的,文化的その他の分野であらゆる障害差別を禁止しているからである(5条2)。このように条約の中軸をなす差別禁止義務が日本国内で効果的に履行されるためには,「相応の権威」をもつ委員会の条約解釈(とりわけ条約の禁止する差別の解釈)を適切に理解しておく必要がある。 委員会の一般的意見6号は,条約5条2の下で禁止されるあらゆる差別には「あらゆる形態の差別が含まれる」と記す。そして一般的意見6号は,直接差別,間接差別,合理的配慮の否定,嫌がらせという形態の差別に言及し,これらの「4つの形態の差別は,個別に発生することもあれば,同時に発生することもある」と記す注3。ただし,条約自体は,「あらゆる形態の差別」の例として,合理的配慮の否定(とりあえず,“denial”の訳語として公定訳文の「否定」を用いる)のみを明示的に取り上げており,それ以外の形態の差別に言及しているわけではない(2条)注4。  委員会は,2022年9月2日に採択した日本への総括所見で,日本では合理的配慮の否定がすべての生活領域において障害差別の一形態として承認されていないことを懸念している注5。もっとも,日本への総括所見や一般的意見等を見ても,そもそも合理的配慮の否定がなぜ差別として解されるのか,合理的配慮の否定と直接差別とはどのような関係にあるのか,合理的配慮の否定と間接差別とはどのような関係にあるのか,これらの異なる差別の概念に共通する要素(共通項)はあるのか,などの問いに対する説得力のある答えは必ずしも明らかではない。これらの問いに整合的に答えられうる,様々な形態の差別の全体構造に関する体系的な説明を欠いている現況の下では,委員会の求める差別の効果的な禁止は,どの締約国にとっても困難な課題となろう。それは,締約国や当事者はもとより,委員会にとっても望ましいことではない。  本報告は,個人通報事例(見解)の検討を通じて,委員会のいう差別の全体構造を体系的に解明することを目的とする。本報告が見解に着目するのは,それが特に「高い権威」をもつとされるためでもあるが注6,様々な事件の中にこそ各差別概念の特徴が具体的に見えてくるからである。また,たとえ日本が条約の個人通報制度に加わっていなくても,委員会の解釈は報告制度と個人通報制度との相互作用の中で発展し結晶化するものであるので注7,日本への総括所見や一般的意見に見られる差別概念の特質を適切に捉えるためには見解の検討が不可欠となる。  ただし,本報告は,本報告者の様々な制約により,関連のあるすべての個人通報事例を包括的に検討するわけではない。また,本報告は,考察対象を直接差別,間接差別,合理的配慮の否定に限定し,交差差別(複合差別)や嫌がらせなどを取り上げていない注8。2023年11月の学会誌『障害法』第7号に拙稿が掲載されるまでには,紙幅の限界もあるが,より包括的な検討をする可能性もある。いずれにせよ,本報告は,事例分析もまだ十分ではなく,必要な注記を省略しているところもあり,未定稿である。 2. 理論 (1)本報告の差別類型  本報告の結論から先に言えば,委員会が個人通報事例で解釈した条約の下で禁止される差別とは,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」ことを意味する。すなわち,障害者と非障害者とが事柄の本質部分に関して等しい場合に,障害者を非障害者と異なって(不利益に)扱うことが差別である。  そして,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」という差別を招く手段は,事柄の非本質部分に着目すると次の3つの場合に集約されるというのが,本報告の理解である。すなわち,(1)事柄の非本質部分を考慮に入れる場合(考慮による差別),(2)事柄の非本質部分を考慮に入れない場合(非考慮による差別),(3)事柄の非本質部分を考慮に入れると同時に考慮に入れない場合(考慮・非考慮による差別),の3つである。  以上をまとめれば,委員会の採用する差別の概念は,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」ことが差別であるということを(暗黙の)共通項とした上で,(1)考慮による差別,(2)非考慮による差別,(3)考慮・非考慮による差別,という3つの類型に整理することができる。これらの3類型を差別の範型(モデル)として表現すれば,(1)差別の考慮モデル,(2)差別の非考慮モデル,(3)差別の考慮・非考慮モデル,となる。この3類型(ないし3モデル)自体は,委員会が明示的・自覚的に用いるものではない。もっとも,委員会が個人通報事例において認定した様々な形態の差別の全体構造を体系的に説明するためには,この3類型を用いることが妥当であるように思われる。以下,各類型を説明する。  (1)考慮による差別とは,国家等が「他事」(障害者であることなど)を不適切に考慮に入れることにより,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」ことを意味する(「差別の考慮モデル」)。考慮による差別は,直接差別として認定されている(Z対タンザニア事件注9)。ここでいう「他事」は事柄の非本質部分であり,事柄の本質部分ではない。  (2)非考慮による差別とは,国家等が「要考慮事項」(障害者であることなど)を適切に考慮に入れることを怠ることにより,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」ことを意味する(「差別の非考慮モデル」)。ここでいう「要考慮事項」は,考慮による差別でいう「他事」と同じく,事柄の非本質部分である。すなわち,事柄の非本質部分(障害者であることなど)を「他事」又は「要考慮事項」として考慮に入れても入れなくても,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」のであれば,差別が生じるのである注10。  非考慮による差別は,委員会の個人通報事例を見ると,次の3つに区別される。すなわち,委員会が,(2-1)合理的配慮の否定に特に着目した場合(ユンゲリン対スウェーデン事件注11),(2-2)表面上中立的な規定,基準又は慣行等(以下,表面上中立的規定等)のもつ差別的効果(間接差別)に特に着目した場合(ドミナとベンツェン対デンマーク事件注12),(2-3)合理的配慮の否定と間接差別の両方に着目した場合(HM対スウェーデン事件注13),である。  (3)考慮・非考慮による差別とは,考慮による差別と非考慮による差別という2つの要素が混在している差別を意味する(差別の考慮・非考慮モデル)。このような差別を認めた例として,「直接差別と考えられようが合理的配慮の否定と考えられようが」という表現を用いたVFC対スペイン事件の見解注14が挙げられる。    以上に挙げた3類型の差別(考慮による差別,非考慮による差別,考慮・非考慮による差別)のいずれも,上記のとおり,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」ことが差別である,という共通項を暗黙裡に有しており,この共通項においては事柄の本質部分が問題となるが,「他事」と「要考慮事項」とにおいては事柄の非本質部分が問題となる。この本質部分と非本質部分との区別が,差別概念の全体構造を整合的に把捉する際の1つのカギとなる注15。以上をまとめて言えば,委員会のいう差別は次のように定義することができる。  差別とは,  事柄の非本質部分への考慮又は非考慮により,  事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わないこと  を意味する。  ちなみに,(1)考慮による差別,(2)非考慮による差別,(3)考慮・非考慮による差別のいずれにおいても,比較対象者は「事柄の本質部分に関して等しい非障害者」である。障害者であることを直接的な理由として,あるいは障害者に関する表面上中立的規定等を直接的な理由として,障害者が比較対象者と比べてより不利に扱われる(特に権利の平等な享有と行使を制約される)のであれば,差別が生じうる。 (2)従来の差別類型    差別に関する従来の類型は,直接差別と間接差別との区別に依拠したものが主流であった。直接差別と間接差別の両概念にはいくつかのバリエーションがあるが,大まかに言えば,直接差別とは国家等が障害者であることを直接の理由として障害者を差別的に取り扱うことであり,間接差別とは国家等が表面上中立的規定等を直接の理由として(すなわち,障害者であることを直接の理由としているわけではないが,障害者であることがこの表面上中立的規定等と重要な点で関連しているため)障害者を差別的に取り扱うことをいう。特に障害法分野では,この区別に合理的配慮の否定を付け足して,直接差別,間接差別,合理的配慮の否定の3つを平板に並べて併記するという類型が従来広く用いられてきた注16。もっとも,直接差別と間接差別という2類型に,それとは異質な合理的配慮の否定を付け加えただけの差別の3類型は,それだけでは,差別の全体構造の体系的な説明としては難を抱えてしまうことになる注17。  そのため,本報告は,考慮による差別と非考慮による差別という新たな差別類型(私見)を用いる注18。この新たな差別類型は,前述のとおり,国家等が事柄の非本質部分を考慮に入れたか否かに着目して,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」という差別を類型化したものである。直接差別,間接差別,合理的配慮の否定(という従来の差別類型)は,この新たな差別類型の中に再定位される。考慮による差別は直接差別を意味し,非考慮による差別は間接差別と合理的配慮の否定とを含む。委員会のいう差別の全体構造を体系的に説明するという観点からは,この新たな類型は従来の類型と比べてたとえば以下の利点を有する。  第1に,新たな差別類型は,事柄の非本質部分と事柄の本質部分との違いに特に留意するため,委員会が扱った各事例に固有の事柄の性質に沿った差別の説明と理解をしやすくする。  第2に,新たな差別類型は,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」ことが差別であるという共通項を土台に据えているため,なぜ委員会が直接差別や間接差別や合理的配慮の否定をすべて差別として観念しているか,を明確に説明できる。  第3に,非考慮による差別という概念は,表面上中立的規定等と合理的配慮の否定という「2つの非考慮」を含んでいるところに特徴があるため,委員会の見解における間接差別と合理的配慮の否定との類似性と関係性を説明しやすくする。たとえば,視覚障害者(の状況やニーズ)を考慮に入れていないプリントアウトした用紙のみを会場に配布するという表面上中立的慣行が存在している状況で,視覚障害者から点字資料の配布の要請があったにも拘わらず,それを考慮に入れず点字資料を配布しないという合理的配慮の否定があった場合に,「2つの非考慮」が見られる。表面上中立的慣行と合理的配慮の否定は,どちらも視覚障害者(の状況やニーズ)を考慮に入れていないという意味で類似性をもつ。そして,視覚障害者(の状況やニーズ)を考慮に入れずに構築された表面上中立的慣行が既に存在している状況で,またしても視覚障害者(の状況やニーズ)を考慮に入れず表面上中立的慣行の変更を怠れば(合理的配慮を否定すれば注19),間接差別が生じるという意味で,間接差別と合理的配慮の否定との間には因果関係性がある。  第4に,後述のVFC事件のように直接差別と合理的配慮の否定とが同時に問題となる事案は,ときに差別が非本質部分への考慮と非考慮とが織り成って生じうるということを裏付けており,考慮による差別と非考慮による差別とを組み合わせた概念(考慮・非考慮による差別)によって当該事案を端的に説明することができる。  本節の最後に改めて整理して言うと,委員会のいう差別は,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」ことを意味し,事柄の非本質部分に着目して類型化すると, (1)考慮による差別:直接差別 (2)非考慮による差別:間接差別又は合理的配慮の否定 (3)考慮・非考慮による差別:考慮による差別と非考慮による差別との混合 の3つに分けられる。次節では,これらの3つの差別に該当する個人通報事例を検討する。 3. 事例 (1)考慮による差別の事例(Z事件)  差別の考慮モデルでは,「事柄の非本質部分を考慮に入れる」ことにより,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」ことが差別となる。この差別が考慮による差別である。障害者であることなどが事柄の非本質部分にあたり,職務の本質などが事柄の本質部分にあたる。すなわち,「障害者であることを考慮に入れる」ことにより,「職務の本質に関して等しい障害者を等しく扱わない」ことが,考慮による差別である。差別事由及び比較対象者に着目して表現すれば,考慮による差別は,障害者であることを直接の理由として,障害者を比較対象者(職務の本質に関して等しい非障害者)と異なって(不利益に)扱うことを意味する。このため,考慮による差別は直接差別を意味する。  考慮による差別(直接差別)の事例として,Z対タンザニア事件が挙げられる。この事件の通報者は,1983年3月3日生まれのアルビノのシングルマザーであった。2008年10月17日,通報者は2歳の息子と一緒に寝ている間に数人の男性に襲撃され,片方の腕を鉈で切り落とされ,もう片方に傷を負った。男性は通報者の片方の腕をもって逃走した。通報者のもう一方の腕は,後に病院で切断された。通報者は当時妊娠していたが,襲撃が原因で流産した。    2011年のある日,襲撃者らは逮捕,訴追された。通報者は襲撃者の1人をよく知っている,と主張した。しかし裁判所は,通報者は視覚障害ゆえに襲撃者を正しく特定できないと判断し,通報者の証言をほとんど重視しなかった。また,通報者の父親は証言を許されたが,酒気を帯びており,弁護士も付かなかった。しかも父親の証言は通報者の証言と矛盾した。よって,襲撃者は証拠不十分で無罪となった。事件後,通報者は嫌がらせ,差別,偏見に直面し続けた。通報者は,両腕がないので入浴や食事を一人でできず,あらゆる面で制限を抱えた。    通報者は,タンザニアでは効果的な国内救済策を利用できず,障害差別を受けたとして委員会に通報した。委員会は,条約5条1と5条3に言及し,S.C.対ブラジル事件決定を参照して,合理的配慮と差別的効果について一般論を述べた。それから委員会は,通報者の主張を認め,以下の5点に言及して直接差別を認定した。@通報者は,アルビノの人のみ(exclusively)に影響を与える慣行による暴力犯罪の犠牲者である。2008年10月17日に通報者は睡眠中に3人の男性に襲われて,片方の腕を切り落とされ,もう片方を傷つけられて,彼女の腕は奪れた。Aそれ以来,通報者の司法へのアクセスは大幅に制限された。2人の被告人の起訴が取り下げられ,3人目が無罪となって以降,当局は調査措置を何ら講じていないようである(加害者は通報者襲撃から11年以上経った後も無罪のままである)。Bタンザニアの救済措置は過度に長期間に及び,しかも効果がなかった。一部の当局が事案に対処した又は対処中であるという単なる事実を理由として,タンザニアは条約上の責任を回避することはできない。Cタンザニア当局は,通報者が両腕を失って以降,自立生活を可能にさせる支援を提供しなかった。タンザニアは,一般的に言えば,アルビノの人びとに対するこの形態の暴力を防止し,当該暴力からアルビノの人びとを保護するための適切かつ効果的な措置を講じていない。D通報者は,アルビノの人びとのみ(exclusively)を対象とした暴力の犠牲者であった。締約国はそのような暴力行為を防止・処罰を怠った。その結果,通報者その他のアルビノの人びとは脆弱な状況に置かれ,他の者と平等に社会で生活できなくなった。したがって,通報者は障害に基づく直接差別(direct discrimination)を受けた。タンザニアは条約5条に違反する。  以上がZ事件での委員会の見解である。委員会が直接差別を認定するにあたり,「アルビノの人のみに影響を与える慣行による暴力犯罪の犠牲者」や「アルビノの人びとのみを対象とする暴力の犠牲者」という表現を用いたことに留意すべきであろう。なぜならば,委員会がいわゆる排他性(「アルビノの人びとのみ」)に着目しているからである。すなわち,委員会が直接差別を認定したのは,通報者がアルビノという特徴のみを考慮に入れられて暴力行為(不利益な取扱い)を受けたからだと言える。タンザニアは,アルビノであることを直接の理由とする暴力行為を防止・処罰し,アルビノの人を暴力行為から保護する義務を遵守しなかった。よって,タンザニアは条約5条に違反したのである。 (2)非考慮による差別の事例  差別の非考慮モデルでは,「事柄の非本質部分を考慮に入れない」ことにより,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」ことが差別となる。この差別を非考慮による差別という。障害者であることなどが事柄の非本質部分の例であり,職務の本質などが事柄の本質部分の例である。これらの例を用いて説明すると,「障害者であることを考慮に入れない」ことにより,「職務の本質に関して等しい障害者を等しく扱わない」ことが,非考慮による差別となる。  非考慮による差別が生じるのは,次の2つの場合である。第1は,事柄の非本質部分(障害者であること)を適切に考慮に入れることをしていない表面上中立的規定等が,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」という差別(的効果)をもたらす場合である。これを間接差別という。表面上中立的規定等とは,障害者であることを直接の理由とする区別を設けたものではなく,障害者と非障害者とを一見表面上は同一に扱うような規定,基準又は慣行等を意味する。第2に,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」という差別を招かないように事柄の非本質部分(障害者であること)を適切に考慮に入れることが合理的配慮であり,この合理的配慮を否定する場合に非考慮による差別が生じる。  以上のように,障害者の状況を考慮に入れていない表面上中立的規定等と,障害者の状況を考慮に入れない合理的配慮の否定という「2つの非考慮」によって生じる差別が,非考慮による差別である。「中立的な仕方で適用される法律は,それが適用される諸個人の特有な状況が考慮に入れられない場合には,差別的効果をもつことがある」というHM対スウェーデン事件の見解(後述)注20は,表面上中立的規定等が合理的配慮の否定により差別的効果(間接差別)をもたらす,という両者の関係性を端的に示している。  非考慮による差別は,当事者の主張と事案の性格によって,(2-1)合理的配慮の否定のみが着目される場合(ユンゲリン対スウェーデン事件),(2-2)表面上中立的規定等の差別的効果(間接差別)のみが着目される場合(ドミナとベンツェン対デンマーク事件),(2-3)合理的配慮の否定と表面上中立的規定等の差別的効果(間接差別)の両方が着目される場合(HM事件),という3つに区別される。  委員会がユンゲリン事件で合理的配慮の否定のみに着目したのは,とりわけ本件で争点となったのがスウェーデンの労働裁判所での過重な負担の解釈であったからである。ドミナとベンツェン事件では,委員会は,選択肢が複数ありうる合理的配慮の内容を特定することを避けた(特定しえなかったか,特定の必要がなかった)ため,表面上中立的な規定のもつ差別的効果(間接差別)のみを認定したと思われる。HM事件では,表面上中立的な規定のもつ差別的効果(間接差別)と合理的配慮の否定とが問題となっており,両者を容易に特定できる事案であったこともあり,委員会は両者に着目したように思われる。以下,これらの3事例を検討する。 (2-1)合理的配慮の否定に着目した事例(ユンゲリン事件)  通報者であるマリー=ルイース・ユンゲリンは,重度の視覚障害者であった。通報者は,スウェーデンの社会保険庁の求人に応募した。通報者は,職務の資格要件を満たしていた。しかし,通報者は,社会保険庁の内部コンピュータシステムが視覚障害者に対応できていないことを理由として,不採用となった。そのため,通報者は,社会保険庁が通報者に合理的配慮を提供せず,自身を差別したとして,障害オンブズマン(平等オンブズマン)を通じて労働裁判所に訴えを提起した。けれども,労働裁判所は,本件で通報者が求めた配慮は合理的なものではないとして,通報者の申立を棄却した。この労働裁判所の判決については上訴することができなかったため,通報者は,スウェーデンが条約5条(平等・無差別)と27条(労働・雇用)に違反したとして,委員会に通報した 。    本件で,通報者は,1999年法が自身に適用されて不利益を被ったと主張した。そのため,委員会は,スウェーデンの労働裁判所が1999年法を通報者に適用して下した2010年決定に関心を示した。そして,委員会は,2010年決定が条約5条(平等・無差別)と27条(労働・雇用)の下で通報者の権利の侵害にあたるか否かを問題にした。結論として,委員会は,27条(a)(e)(g)(i),2条(合理的配慮の定義),5条1・2を参照し,以下の5点に言及して条約違反を認定しなかった。    @締約国は,合理的配慮の措置に関する「合理性と均衡性」の評価に際して,「一定の評価の余地」を有する。また,A特定の事案における事実と証拠の評価は,「明白に恣意的であるか又は正義の拒否(denial of justice)にあたる」場合を除き,一般に締約国の裁判所によってなされる。この点,B本件では,スウェーデンの労働裁判所は,オンブズマンの勧告した支援調整措置が,「過度の負担(undue burden)」を社会保険庁に課すとの結論に至った。だが,その前に,労働裁判所は,通報者及び社会保険庁の主張した「すべての要素」を「徹底的かつ客観的に」検討した。また,C本件では,明白な恣意性と正義の拒否はなかった。Dこれらの事情に照らすと,労働裁判所の決定は,その決定の時点で,「客観的かつ合理的な考慮」に基づいていなかった,と結論づけることはできない。よって,スウェーデンは5条と27条に違反していない 。    以上のとおり,ユンゲリン事件において委員会は条約違反を認定しなかった。本件で問題となったのは,社会保険庁の内部コンピュータシステムが視覚障害者に対応できていない,ということであった。通報者は,職務の資格要件(事柄の本質部分)を満たしていたので等しく取り扱われるべきであったが,コンピュータシステムを利用できないこと(事柄の非本質部分)を理由に等しく扱われなかった。このシステムは,障害者を排除する意図をもって構築されたものではなく,障害者のニーズを満たさない表面上中立的な制度であり,障害者への差別的効果(間接差別)を生じさせる疑いがある。もっとも,委員会は,本件が間接差別にあたるか否かという論点には踏み込まず,スウェーデンの労働裁判所による合理的配慮の判断の是非のみを取り上げた。そして委員会は,労働裁判所は合理的配慮の文脈で「過度の負担」の有無を判断する際に「すべての要素」を「徹底的かつ客観的に」検討しなければならない,という枠組みを委員会として初めて提示した上で,5条と27条の違反はない,という結論に至った。このように,委員会は,通報者の主張に基づいて,スウェーデンの労働裁判所による合理的配慮の有無の判断(特に「過度の負担」の有無に関する判断)に着目したため,間接差別に関する判断をしなかったものと思われる。 (2-2)間接差別に着目した事例(ドミナとベンツェン事件)  本件の通報者らは,ウクライナ国民のイウリア・ドミナとデンマーク国民のマックス・ベンツェンである。ベンツェンは2009年に自動車事故で障害者となった。    ベンツェンは,家族の再統合(ドミナの居住許可)を求める申請を行った。だが,ベンツェンは,当該申請の3年以内に社会給付を受けていた。このことを理由に,当該申請は入国管理局(当局)によって拒否された(2013年8月29日)。当局が依拠したデンマーク外国人法9条5項は,申請前3年以内に社会給付を受け取った場合,家族再統合に基づく居住は許可できない,と定めていた。ベンツェンは裁判所に救済を求めた。しかし,最終的に最高裁は,社会給付を受けたベンツェンは,同じく社会給付を受けた非障害者と比べて差別を受けていない,と判断した。そのため,通報者らは委員会に通報した。通報者らは,家族の再統合に係る申請の拒否は,条約5条,23条(家庭及び家族の尊重)に違反すると主張したのである。    委員会は,障害差別の定義(条約2条)やHM事件見解(後述)を参照し,差別的効果とスリメノス法理の後半部分注21とに言及した。さらに,委員会は自身の一般的意見6号も参照した。そして,委員会は,「障害に基づく間接差別は,法令,政策又は慣行が表面的価値では中立に見えるが,ある障害者に不均衡な否定的影響を有することを意味する」とした。また,委員会は,自由権規約委員会の見解を一例に挙げて,「取扱いが間接差別である」のは,「ある規則又は決定の不利な効果が,特定の人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治的その他の意見,国民的・社会的出身,財政的地位,出生その他の地位の人びとに対して排他的又は不均衡に影響を及ぼす」場合であるとした。また,委員会は5条1と同2が無差別に関する一般的義務(general obligations)を締約国に課しているとした 。    その上で,委員会は以下の8点に言及して間接差別を認定した。@ベンツェンは,申請時から遡り,過去 3 年間に社会給付を受けた。ベンツェンは,このことを理由に,外国人法9条5項の要件を満たさなかった。よって,ベンツェンは,家族の再統合(ドミナの居住許可)を求める申請を拒否された。Aベンツェンは,障害を理由として,2009年5月14日から積極的社会政策法(Act on an Active Social Policy)に基づき給付を受けた。また,ベンツェンは,2015年10月中旬に賃金補助プログラムの下で雇用されるまで,給付を受け続けた。Bデンマークの最高裁判所と移民控訴委員会は,ベンツェンが賃金補助プログラムの下で,職を得る可能性があるとした。そのため,移民控訴委員会は,ベンツェンが外国人法9条5項の自助要件を満たす合理的な見通しがあると結論付けた。そして移民控訴委員会は,そうである以上は,ベンツェンに障害があるという理由だけで,同項の要件を彼に免除することは正当化されない,とした。そして,移民控訴委員会は,ベンツェンによる家族の再統合に係る申請を拒否した。Dもっとも,ベンツェンは,家族の再統合(通報者とその息子にとっての優先事項)の申請時点では障害に基づき社会給付を受けていたため,実際には賃金補助プログラムを受ける資格を持たず,雇用される立場にはなかった。そのため,ベンツェンは,外国人法9条5項の申請要件を満たすことができなかった。Eベンツェンは,賃金補助プログラムの下で雇用の資格を得ることができるか否かが2015年3月まで確定しなかった。ベンツェンは,当該プログラムの下で,2015年10月(これは,ベンツェンが社会政策法の下で初めて社会給付を受け始めてから6年後である。またこれは,通報者が家族の再統合を申請してから2年半後である)まで雇用されなかった。Fしかも,ベンツェンは,2015年10月に賃金補助プログラムの資格を取得した後に,外国人法9条5項の下で家族の再統合の資格を得るまでには,さらに3年間の追加的な待機期間を満たす必要があった。以上より,G本件では,外国人法9条5項に基づく自助要件が,障害者であるベンツェンに不均衡な影響を及ぼしたため,ベンツェンは間接的な差別的取扱いを受けた。国内当局は,障害者を間接的に差別する基準に基づいて,ベンツェンの家族の再統合に係る申請を拒否した。この拒否という事実は,5条1及び2単独の下で,また23条(1)と併せ読んで,他の者との平等を基礎とした家族生活を送る権利の享有及び行使を損なう又は無効にする効果をもった 。    以上でまとめたように,ドミナとベンツェン事件で委員会は間接差別を認定した。本件が直接差別にあたらない理由は,外国人法9条5項の下での申請の拒否(不利益取扱い)が障害自体を理由としたものではなく,社会給付ないし自助要件の不充足を理由としたものであるからだと言える。社会給付や自助要件は障害者に関して表面上中立的な規定であるが,障害者(ベンツェン)が等しく家族生活を送る権利を制約するという差別的効果(間接差別)を生じさせる。そうした差別的効果を解消する手段が合理的配慮となる。ここでいう合理的配慮とは,ベンツェンの「特有な状況」(障害ゆえに社会給付が必要であり,自助要件が充足できない,という状況)を考慮に入れた調整をいう。社会給付や自助要件は,家族の再統合の申請という事柄にとって非本質部分をなすからこそ調整(合理的配慮)の対象となりうる。合理的配慮が提供されれば,家族生活を送る権利の平等な享受を妨げるという差別的効果(間接差別)は発生しないことになる。合理的配慮の具体的内容にはさまざまなものが考えられよう(たとえば,ベンツェンに対してのみ自助要件を免除するとか,ベンツェンの自助要件充足を可能にさせる措置を講じるなど)が,委員会は何らかの合理的配慮を特定するのではなく,むしろ間接差別のみを問題とし,間接差別の解消をデンマークに勧告している。本件で,委員会は,社会給付ないし自助要件の不充足という表面上中立的な事柄が差別的効果(間接差別)を生じさせたと判断すれば十分であり,間接差別を生じさせないための手段(合理的配慮の具体的内容)をわざわざ特定する必要はなかったとも言えよう。 (2-3)合理的配慮の否定と間接差別の両方に着目した事例(HM事件)  本件の通報者(H.M.)は,エーラス・ダンロス症候群を発症した。その症状の進行を抑えるための唯一のリハビリテーション手段が,水治療法のための室内用プールを自宅に設置することであった。通報者は,その設置を試みた。ところが,スウェーデン当局は,計画建築法に基づき,プールの設置許可申請を却下した。通報者は,行政最高裁判所においても,自身の主張が認められなかった。そのため,通報者は委員会に通報した 。  委員会は,「障害に基づく差別」の定義(条約2条)を参照したうえで,「中立的な仕方で適用される法律は,それが適用される諸個人の特有な状況が考慮に入れられない場合には,差別的効果(discriminatory effect)をもつことがあ」り,「この条約の下で保障される権利の享受に関して差別されない権利は,国家が著しく異なった状況にある人びとを客観的かつ合理的な正当化なしに異なって扱わないときに侵害されうる」(スリメノス法理の後半部分注22),と説示した 。また,委員会は,「障害に基づく差別には,あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む」という定義と合理的配慮の定義とを定める条約2条を参照したうえで,以下の4点のように判断した。    @自宅での水治療法用のプールへのアクセスは通報者には不可欠なものであり,自身の健康のニーズを満たすための「唯一の効果的な手段(only effective means)」である。A水治療法用のプールの設置を許可するためには,地区計画に例外を設ける(departure from the development plan)という「適当な変更及び調整」が必要となる。この点,Bスウェーデンは,地区計画に例外を設けることが「均衡を失した又は過度の負担」をもたらすことを示していない。実際,計画建築法は地区計画に例外を設けることを許容しており,よって合理的配慮を許容している。このように,本件において地区計画に例外を設定することを認めることは,スウェーデンに「均衡を失した又は過度の負担」を課すことにはならない。にもかかわらず,C本件では,スウェーデン当局は,プールの建築許可申請を拒否した際に,通報者の特別な事情と障害関連ニーズに向き合わなかった。それゆえ,水治療法用のプールの建設に必要となる地区計画に関する例外を認めなかったスウェーデン当局の決定は,「均衡を失した(disproportionate)」ものである。そして,この決定は,「通報者が自身の障害者としての特別な健康状態のために必要とするヘルスケアとリハビリテ―ションにアクセスすることに対して,有害な影響(adversely affect)を与える差別的効果(discriminatory effect)をもたらした」。よって,スウェーデンは,権利条約3条(b)(d)(e) 及び4条1(d) と併せ読んで(またそれらとは別に単独で),5条1 ,5条3 ,25条,26条を侵害した 。    以上で整理したように,HM事件において委員会は,合理的配慮の枠組みを用いて,地区計画に例外を設けることが「均衡を失した又は過度の負担」を課すか否か,を判断した。と同時に,委員会は,地区計画という表面上中立的な基準について例外を認めないことが「有害な影響を与える差別的効果」をもった,と説示した。この意味において間接差別も問題としている委員会が,「中立的な仕方で適用される法律は,それが適用される諸個人の特有な状況が考慮に入れられない場合には,差別的効果をもつことがある」と述べたことは示唆的である。ここでいう「諸個人の特有な状況が考慮に入れられない場合」とは,本件ではスウェーデン当局が水治療法用プールの設置(地区計画に例外を設けること)を認めなかったという合理的配慮の否定を意味する。このように,合理的配慮の否定に着目するとともに,その否定によって地区計画が差別的効果をもったことにも着目したのが,委員会である。 (3)考慮・非考慮による差別の事例(VFC事件)  差別の考慮・非考慮モデルでは,考慮による差別と非考慮による差別という2つの差別の要素が混ざり合って差別が生じることになる。このような応用的な形態の差別が考慮・非考慮による差別であり,ここでは事柄の非本質部分(障害者であることなど)を考慮に入れるという直接差別と,事柄の非本質部分(障害者であることなど)を考慮に入れないという合理的配慮の否定とが同時に問題となる注23。たとえば,バスの運転者が,障害者のことを不適切に考慮に入れて乗車を拒否するという直接差別注24(考慮による差別)と,障害者であることを適切に考慮に入れず乗車時に支援しないという合理的配慮の否定(非考慮による差別)とは同時に問題となりうる注25。  このように,障害者への合理的配慮を否定し,障害を理由に乗車を断るという事案については,当事者の主張と事案の性格によっては,直接差別のみが着目されることも,合理的配慮の否定のみが着目されることも,直接差別と合理的配慮の否定の両方が着目されることもあろう。この点,「直接差別と考えられようが合理的配慮の否定と考えられようが」という表現で,考慮・非考慮による差別を認定したのが,VFC事件である。  VFC事件の通報者は,2009年5月20日,交通事故で永続的な運動障害を抱えた。翌年7月20日,労働移民省は,通報者を「職業遂行上の永続的障害」を抱えた者だと判断して,地方警察を退職させた。同30日,通報者は,同じ警察内での「修正型職務(modified duty)」への配置(障害に適した職務の特定)をバルセロナ市協議会に対して求めた 。    「修正型職務」とは,「通常の職務を遂行する能力が低下した労働者」(「年齢又は完全な障害状態のため職務を遂行しえない労働者」)を対象とした職務をいう。通報者が援用した地方警察法(法律第16/1991号)43条によれば,通常の職務を遂行する能力が低下した地方警察官は,関係地方自治体の規則(条例)に基づき,自身の所属する同じ警察内で「修正型職務」に配置される。空席の不足又は障害の性質のために,当該配置が不可能な場合がある。その場合は,対象者は補完的なサービスの遂行を割り当てられることがある。また,同法は,対象者は「修正型職務」能力と新しい職務への適合性の評価のために,健康診断を受けなければならない,と定める。  2010年9月15日,市協議会はバルセロナ市警察修正型職務規則(以下,市規則)7条2項に基づき,通報者の申請を却下した。その理由は,本条項の下では,所管官庁(本件では社会保障機構)の決定により,「部分的障害」を越える程度の障害を有する者(「永続的完全障害」者)は「修正型職務」に就くことができない,とされていたからである。そこで,通報者は国内救済を求めた。しかし,最終的には,憲法裁判所で通報者の上告は棄却された。その後,欧州人権裁判所への通報者の申立も受理されなかった。そのため,通報者は委員会に通報した。通報内容は,スペインが市規則の下で通報者を地方警察から強制的に退職させ,通報者の「修正型職務」への配置を拒否したため,通報者が「永続的完全障害」を理由に恣意的な差別を受けた,というものであった 。    委員会は,主に以下の8点に言及して,直接差別か合理的配慮の否定かにかかわらず,本件では差別の一形態が生じている,と判断した。@締約国当局は,合理的配慮の内容を決定する際には,「主要な職務(key duties)」の遂行を可能にさせる効果的な調整を特定する必要がある。Aだが,締約国当局が(過重な負担を伴わない)効果的措置を特定できない場合は,「修正型職務」は「最後の手段の合理的配慮措置(reasonable accommodation measure of last resort)」と考えられるべきである。Bこの点,地方警察法(一般法)43条は,「能力が低下した」者すべてに「修正型職務」への配置を認める。Cところが,市規則7条2項は,「永続的完全障害」をもった警察職員は「修正型職務」に配置される資格を持たない,と定める。Dこの市規則により,通報者は警察職員の地位を奪われた。その結果,通報者は,警察内での自身の能力評価と能力構築を目的とする対話を行う可能性を完全に奪われたため,「修正型職務」の遂行を可能にさせる合理的配慮を要求する機会さえも持てなかった。E警察業務の通常の職務を遂行する通報者の能力の低下は,同じ警察内で「修正型職務」等の代替的職務を遂行する通報者の潜在的能力とは関係がない。しかし,社会保障機構による障害の評価は,通報者の代替的職務の遂行可能性に関する分析を含まなかった 。Fこのため,たとえ市規則7条2項が障害年金の受給資格と関連したものであったとしても,同項は「永続的完全障害」者の代替的職務の遂行能力の評価可能性を奪った。このことは当該障害者の労働権を侵害する。締約国は,通報者が遂行できたかもしれない代替的職務が警察内で遂行できないことを証明できなかったのである 。Gこのように,通報者に「修正型職務」への配置又は対話の開始を認めない市規則は,権利条約5条と27条に違反する。すなわち,たとえスペインの「修正型職務」の制度が正当な目的を追求するものであっても,市規則7条2項が「永続的完全障害」者に「修正型職務」の配置を認めていないことには問題が残る。そうである以上,同項は,通報者を公的雇用の「継続」に関して障害に基づき差別したのであり,5条と27条に違反している。5条に関しては,本件の事実は,「直接差別と考えられようが合理的配慮の否定と考えられようが(whether it is viewed as direct discrimination or as a denial of reasonable accommodation),条約によって禁止される差別の形態の1つを示す。27条に関して言えば,本件における雇用の「継続」に関する差別は,「永続的完全障害」者(通報者)の代替的職務に関する対話又は機会の否定から生じる。    VFC事件に関する委員会の見解は,以上にように整理しうる。この見解は,直接差別と合理的配慮の否定を同時に問題にしているところに特徴がある注26。ここで改めて確認すると,スペインは,現職の「主要な職務」を可能にさせる合理的配慮を提供する必要がある。しかし,それが不可能な場合には,スペインは「最後の手段の合理的配慮措置」として「修正型職務」等の代替的職務を提供する必要があった。ところが,本件では,市規則7条2項が,「永続的完全障害」者に対しては「修正型職務」という合理的配慮(とそのための対話)を否定していた。と同時に,市規則は,「永続的完全障害」者であることを直接の理由として――「修正型職務」を否定した結果――雇用の「継続」に関して差別をした。だからこそ,委員会は,「直接差別と考えられようが合理的配慮の否定と考えられようが」という表現を用いて,本件を差別と認定したと考えられる。通報者は,警察署内での雇用継続の本質部分(警察署内にある様々な職務の1つである「修正型職務」の本質部分)を満たす可能性をもっていたが,「永続的完全障害」を理由に「修正型職務」(合理的配慮)を否定されたため,その可能性を同様にもつ非障害者とは異なり,雇用継続への道を絶たれたと言える注27。 4. むすびに  委員会は,個人通報事例において様々な形態の差別を認定してきた。様々な形態をもつ差別の全体構造をわかりやすく体系的に説明することは決して容易ではない。本稿は,その説明の1つの試みである。  本稿で取り上げた個人通報事例を見ると,委員会は直接差別,間接差別(表面上中立的規定等の差別的効果),合理的配慮の否定に言及しており,これらは個別に発生することも,同時に発生することもある。また,これらの様々な形態の差別は――委員会自身が十分に自覚しているかはともかく――「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」という共通項を暗黙の前提として有している。そして,国家等が「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」という差別を生じさせる要因としては,国家等が事柄の非本質部分を,(1)考慮に入れる場合(差別の考慮モデル),(2)考慮に入れない場合(差別の非考慮モデル),(3)考慮に入れると同時に考慮に入れない場合(差別の考慮・非考慮モデル),という3つがある。 これらのうち,(2)考慮に入れない場合に関して言えば,委員会が,当事者の主張と事案の性格によって,(2-1)合理的配慮の否定に着目するときもあれば,(2-2)表面上中立的規定等の差別的効果としての間接差別に着目するときもあれば,(2-3)合理的配慮の否定と間接差別の両方に着目するときもある。  個人通報事例において委員会の用いる様々な形態の差別の概念は,以上のように整理できる。より簡潔に表現すれば,様々な形態の差別の概念は,  1つの共通項をもち,考慮と非考慮から構成される, と要約することができる。しばしば不可視化されるこの共通項を意識化に置くことが,委員会のいう各差別概念を整合的に捉える際のカギとなる。事柄の非本質部分を考慮に入れても入れなくても,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」限り,差別が生じるのである。そして,この共通項は事柄の本質部分に関わるが,考慮及び非考慮は事柄の非本質部分に関わるため,本質と非本質とを適切に弁別することも各差別概念を体系的に理解する際のカギとなる。  なぜ直接差別のみならず合理的配慮の否定や間接差別も,条約の禁止する差別として認められているのかと言えば,それらすべてが「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」という共通項を有するからである。なぜ合理的配慮の否定と間接差別とが類似性と関係性をもつかと言えば,表面上中立的規定等と合理的配慮の否定のどちらも障害者のニーズを考慮に入れていないからであり(「2つの非考慮」),表面上中立的規定等が合理的配慮の否定によって「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」という差別(的効果)を招くからである(HM事件)。なぜ合理的配慮の否定と直接差別とが関係するかと言えば,ある1つの事案において障害を考慮に入れることと障害を考慮に入れないこと(VFC事件のように,障害者であることを不適切に考慮に入れて職業継続を認めないことと,障害者であることを適切に考慮に入れる合理的配慮を否定すること)が同時に問題となりながら,「事柄の本質部分に関して等しい者を等しく扱わない」という差別が生じうるからである。  以上のように,委員会の採用する様々な形態の差別概念は,土台となる共通項をもち,考慮と非考慮から整序される,と理解することにより,その全体構造を適切に把握することができると考えられる。 (未定稿) <脚注> 1 申惠?『国際人権法―国際基準のダイナミズムと国内法との協調(第2版)』(信山社,2016年)567頁参照。 2 もちろん,差別以外にも重要な論点はいくつもあるが,たとえば日本への総括所見に関連した筆者の考えとして,知的障害者関連の総論的検討については「障害者権利条約批准後初の総括所見を受けて(仮題)」さぽーと2023年1月号,障害の人権モデルについては「障害者権利委員会の思考様式――人権モデルとは何か(仮題)」賃金と社会保障2023年1月号,条約12条については「日本への総括所見と法的能力(仮題)」実践成年後見103号(2023年)。 3 CRPD Committee, General Comment No. 6, Equality and Non-discrimination, UN Doc. CRPD/C/GC/6 (2018), para. 18. 4 条約2条は,合理的配慮を「障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し,又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって,特定の場合において必要とされるものであり,かつ,均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」と定義する。 5 UN Doc. CRPD/C/JPN/CO/1 (2022), para. 13(b). この懸念は,障害者雇用促進法では合理的配慮の不提供が差別と解されていないこと(浅倉むつ子「障害を理由とする雇用差別禁止の法的課題」障害法1号(2017年)36,39頁及びそこに掲げられた文献を参照)にも当然向けられている。 6 申・前掲(注1)567頁は,「特に,『見解』で示された条約解釈は,準司法的手続を経て採択されている点で,高い権威をもつとみることもできる」と述べる。申が参照し引用する岩沢雄司「自由権規約委員会の規約解釈の法的意義」世界法年報 29 号(2010 年)63頁は,自由権規約「委員会の解釈は有権解釈であるから,締約国は尊重すべきであるが,拘束されるわけではない」けれども,少なくとも個人通報で示した解釈には「高い権威」が認められてしかるべきだという。 7 申・前掲(注1)570頁参照。 8 委員会が第7回(2012年4月)から第21回(2019年8月,9月)までの会期で扱った計37件の個人通報事例を見ると,受理可能性の検討で差別事由の交差性(intersections)が(Christopher Leo v. Australia, UN Doc. CRPD/C/22/D/17/2013),本案の検討で複合差別(multiple discrimination)が(Z v. United Republic of Tanzania, UN Doc. CRPD/C/22/D/24/2014),それぞれ一度のみ言及されているが,嫌がらせ(harassment)は受理可能性及び本案の検討では言及されていない。なお,委員会が初めて見解を採択した事例がHM対スウェーデン事件(第7回会期)であり,この事件とマリー=ルイース・ユンゲリン対スウェーデン事件とに関する本報告中の検討は,拙稿「障害者権利委員会―個人通報制度」長瀬修・川島聡編『障害者権利条約―批准後の日本の課題』(信山社,2018年)79-121頁と重なる。 9 CRPD/C/22/D/24/2014, supra note 8. 10 非考慮による差別は,「考慮不足による差別」「考慮不尽による差別」などと言い換えることができる。一方,考慮による差別は,国家が考慮に入れるべきではない「他事」を考慮に入れることで生ずるため,「他事考慮による差別」などと言い換えることもできる。これらの用語の確立には時間をなお要するであろうが,さしあたり,川島聡・ 菅原絵美・ 山崎公士『国際人権法の考え方』(法律文化社,2021年)第3章(拙稿)は,「他事考慮による差別」と「考慮不尽による差別」という語を用いた。もとより,「他事考慮」と「考慮不尽」の概念自体は,行政裁量の判断過程審査に関して用いられ,近年では当該審査を立法裁量統制の際に応用する試みも登場している(最大判平16年1月14日民集58巻1号56頁(補足意見2)など)が,上記拙稿は「他事考慮による差別」と「考慮不尽による差別」という語を,そのような判断過程の次元での用語ではなく,差別一般の次元での用語として用いている。 11 Marie-Louise Jungelin v. Sweden, UN Doc. CRPD/C/12/D/5/2011. 12 Iuliia Domina and Max Bendtsen v. Denmark, UN Doc. CRPD/C/20/D/39/2017. 13 H.M. v. Sweden, UN Doc. CRPD/C/7/D/3/2011. 14 V.F.C. v. Spain, UN Doc. CRPD/C/21/D/34/2015. 15 事柄の本質部分と事柄の非本質部分は対義語であり,事柄の本質部分にあたらないものは,事柄の非本質部分にあたる。差別を認定する際に,事柄の非本質部分のすべてを特定する必要があるわけではない。また,事柄の本質部分を積極的・網羅的に(事柄の本質部分とは〇〇と△△であると)特定せず消極的に(◇◇は事柄の本質部分ではないと)特定すれば,差別を認定できることもある。たとえば,ある人が図書館を利用する際に障害を理由に差別されたとする。事柄(図書館の利用)の本質部分を積極的・網羅的に特定しなくても,少なくとも障害が事柄(図書館の利用)の本質部分ではない(事柄の非本質部分である)ことを特定できれば,障害差別を認定できよう。ただし,事案によっては事柄の本質部分をも積極的に特定することにより,より適切な問題解決が可能となることもある。もちろん,いずれの場合であっても,本質部分と非本質部分との適切な識別が決定的に重要となる。たとえば,授業という事柄は,一般には学校などで学問などを教え授けることであるとされるが,授業(事柄)の本質部分は,各授業の具体的な趣旨・目的・内容・方法によって大きく変わりうる。プリントアウトした用紙を配布することは,たとえば障害法という授業の非本質部分にあたると言えるが,視覚障害者以外の者にとっては一定の合理性がある。プリントアウトした用紙の配布(及びプリントアウトした用紙を読めないという障害)が,授業の非本質部分であるにもかかわらず,そのような一定の合理性を持つがゆえに,授業の本質部分であると誤解されてしまうことが,差別に関する1つの問題の所在になる。偏見やステレオタイプなどにより事柄の非本質部分を本質部分と誤って理解してしまうことが,合理的配慮の不提供につながる。もちろん授業にもよるので一概には言えないが,たとえば授業へのオンライン参加など,授業の本質部分であると従来漠然と思われていたことが,実は授業の非本質部分であるという例は数え切れない。何が事柄の本質部分又は非本質部分にあたるかは,偏見やステレオタイプなどの影響を受けないように,個々の事柄に応じて具体的かつ客観的に特定される必要がある。なお,関連して,事柄の本質部分(レラバント)と考えられてきたものが実のところ非本質部分(イレラバント)であることを発見する装置として合理的配慮が機能しうることについては,松井彰彦・川島聡「制度の隙間をなくす―特別制度から一般制度への昇華」経済分析203号(2021年)59-83頁参照。 16 この3類型に嫌がらせを加えたのが,委員会の一般的意見6号である(CRPD/C/GC/6 (2018), para. 18, supra note 3)。また,英国平等法を参考にして,この3類型に関連(起因)差別を加えたのが,障害者政策委員会差別禁止部会「『障害を理由とする差別の禁止に関する法制』についての差別禁止部会の意見」(平成24年9月14日)である。 17 この難点を一応回避した差別類型として,たとえば「差別の同一モデル」と「差別の差異モデル」という有力な差別モデル(Pamela S Karlan and George Rutherglen, “Disabilities, Discrimination, and Reasonable Accommodation,” Duke Law Journal, Vol. 46 (1996), pp. 1-41; Mark Bell and Lisa Waddington, “Exploring the Boundaries of Positive Action under EU law: A Search for Conceptual Clarity,” Common Market Law Review, Vol. 48 (2011), pp. 1503-1526)が知られている。「差別の同一モデル」は直接差別を意味し,「差別の差異モデル」は合理的配慮の否定(及び論者によってはアファーマティブ・アクション)を含む,とされる。しかし,この差別モデルを用いても現実を適切に説明することはできない,と思われる。このことは別稿で論ずる予定である。 18 なお,衆議院内閣委員会における内閣提出の「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律案」に関する質疑で,政府参考人は「作為による差別」が不当な差別的取扱いであり,「不作為による差別」が合理的配慮の不提供である,と説明した(第183回国会内閣委員会第15号(平成25年5月29日)参照)。この点,考慮による差別は事柄の非本質部分を考慮に入れるという「作為」に着目し,非考慮による差別は事柄の非本質部分を考慮に入れないという「不作為」に着目したものであるため,「作為による差別」及び「不作為による差別」に関する上記説明は,たしかに本報告の説明と表面的には重なり合うところもあるが,本報告とは異なり,@本質部分と非本質部分との区別,A異なる形態の差別間の共通項,B合理的配慮の否定と間接差別との類似性・関係性の理由,C作為・不作為の混合型の差別,などを特に意識しているものではない。 19 表面上中立的規定等を適切に調整する方法は,事前的・集団的なもの(アクセシビリティ)と事後的・個別的なもの(合理的配慮)の2つある。後者が狭義の合理的配慮であり,前者と後者の両方の要素を含んだものが広義の合理的配慮である。委員会は,狭義の合理的配慮を差別としている。拙稿・前掲(注10)参照。 20 CRPD/C/7/D/3/2011, supra note 13, para. 8.3. Cf. Autism-Europe v. France, No. 13/2002, ECSR, 2003, para. 52. 21 欧州人権「条約が保障する諸権利の享有に当たって差別されない権利は,国家が著しく異なった状況にある人々を合理的かつ客観的な正当化なしに異なって取り扱わない場合にも侵害される」(Thlimmenos v. Greece, No. 34369/97, ECHR, 2000, para. 44)というスリメノス法理の後半部分は,事柄の本質部分に関して「著しく異なった状況にある人々」を異なって扱う場合を意味するか,あるいは事柄の非本質部分に関して「著しく異なった状況にある人々」を異なって扱う場合を意味するか,という2つの解釈がありうるが,後者の解釈が妥当であると思われる。拙稿「障害差別を超えて――欧州人権条約と日本国憲法における合理的配慮(RA)の可能性(仮題)」国際人権法学会編『新国際人権法講座』(信山社,2023年予定)参照。 22 前掲(注21)参照。 23 差別の考慮・非考慮モデルを用いることにより,本文のように直接差別と合理的配慮の否定とが同時に問題となる状況のみならず,直接差別と間接差別とが同時に問題となる状況をも説明することができる。後者は,本報告の対象とした個人通報事例には見られない。後者の例としては,障害者を排除したいという差別意思(差別意図)を隠し,あえて「隠れ蓑」として表面上中立的規定等を巧妙に用いることにより障害者を排除する,という場合が挙げられる(自家用車による参加を禁じるルールをあえて設けることで,特定の障害者を事実上参加できなくさせる場合など)。この例は,間接差別として取り上げられることもありうるが,事案によっては直接差別として位置づけることも可能である。 24 直接差別は狭義と広義に分けられる。ここでは広義の直接差別を念頭に置いている。狭義の直接差別の例としては,英国平等法の禁止する直接差別が挙げられる。広義の直接差別を(不当な差別的取扱いとして)採用した立法例としては,日本の障害者差別解消法が挙げられる。拙稿「障害者差別解消法の差別類型に関する一考察」実践成年後見93号(2021年)36-44頁参照。 25 国土交通省「国土交通省所管事業における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針」(平成27年11月)参照。考慮・非考慮による差別という応用的な形態の差別は,さまざまな論点を含む。本報告で取り上げた個人通報事例には見られないが,少なくとも次の3つは重要な論点となろう。第1は,意向尊重の原則である。意向尊重の原則とは,合理的配慮の提供時に個人の意向を最大限尊重しなければならないという原則である。日本の障害者差別解消法の下で,障害者の意向を尊重せずにその障害を考慮に入れた取扱いが,合理的配慮としては認められず,むしろ不当な差別的取扱い(直接差別)となる場合がある(拙稿「対話としての合理的配慮」『教育と医学』2018年11月号)。第2は,適用違憲である。日本国憲法14条に関する適用違憲を判断した下級審判決としては,婚外子差別のものがある(拙稿・前掲(注21)参照)。第3は,隠された差別意思である(前掲(注23)参照)。 26 本件においても広義の直接差別が問題となっていると思われる。前掲(注24)参照。 27 本報告における諸事件(とりわけVFC事件)の読み方には,まだ不十分なところがある。VFC事件に関しては,市規則が「永続的完全障害」を直接の理由として「修正型職務」を否定したこと自体が直接差別にあたると委員会は考えたかもしれないが,もしそうだとすると,「永続的完全障害」を直接の理由とする合理的配慮の否定そのものが直接差別になってしまうであろう。そのような読み方が可能であるか定かではない。また,委員会が「修正型職務」を「最後の手段の合理的配慮」(本文A)としつつ,その「修正型職務」の遂行を可能にさせる合理的配慮(本文D)に言及しているところを含め,VFC事件の見解に示された合理的配慮の概念についても,なお検討を要する。付言すると,VFC事件では「部分的障害」と「永続的完全障害」という障害種が問題となっているが,おそらく委員会は異なる障害種の間の差別を認定しているとは思われないし,その必要もないであろう。1つの例を用いて説明すれば,若干の歩行が可能な障害者と,一切歩行不能な障害者とがいた場合に,仮にタクシーの運転者が前者の乗車を支援したが,後者の乗車を支援せず乗車を拒否すれば,一切歩行不能な障害者への合理的配慮の否定が生じると同時に,一切歩行不能な障害者であることを理由として乗車を断ったという意味では直接差別も生じる。この例において,若干の歩行が可能な障害者と一切歩行不能な障害者との間で差別が生じている,と考える必要はないということである。