情報へのアクセシビリティと著作権制度  Information Accessibility and Copyright System  佐藤豊  Yutaka SATO  内容  情報へのアクセシビリティと著作権制度 1  I 問題の所在 1  II 情報へのアクセシビリティに関する著作権制度の概観 2  1 はじめに 2  2 多国間条約における情報へのアクセシビリティに関する著作権制度 2  3 日本著作権法における情報へのアクセシビリティに関する規定 3  III 情報へのアクセシビリティに関する日本著作権法の問題点 4  1 権利制限の対象を障害種別により画定することの弊害 4  2 権利制限の対象となる者の範囲に関する規定が過度に複雑であること 4  IV 著作権法の制度設計における情報へのアクセシビリティの位置づけ 6   I 問題の所在  わたしたちが、読みものや動画などのコンテンツを楽しんだり、新聞や雑誌、ウェブ・ページなどから日々の情報を得たりするには、当然その内容をうけとることができなければならない。  しかし、障害があることで、これらのものが提供された状態では内容にアクセスすることができない場合、そのままではコンテンツを楽しむことはおろか、日々の情報を得ることすらできない。  このような場合には、本を読み上げて音声化したり、映画の音声に字幕をつけたり、紙の本を電子化して自動的にページ送りができるようにしたりすれば、これらの問題は解決する。  ところが、情報が記されたものが著作権法上の著作物にあたる場合、それに手をくわえることが、著作権と抵触することがある。  たとえば、文書を点訳すること、文書を読み上げたものを録音すること、音声を手話にしたものを録画すること、動画ファイルの音声を元に字幕を作成すること1は、著作権法上の複製にあたる。著作権法は、著作者に無断ですることが認められない行為2を列挙しており、複製は列挙された行為の一つである。  もちろん、これらの行為が著作者に無断ですることが認められない行為にあたるからといって、直ちに情報へのアクセスが完全に絶たれるわけではない。許諾を得れば良い、ということにはなる。  ただ、誰に許諾を求めればよいかがわからなければ、そもそも許諾を得ることはできない。また、許諾を求める相手と接触できたとしても、相手の求める許諾の対価を支払えなかったり、許諾を拒否されたりすれば、結果として、著作権制度のために情報へのアクセスが遮断される。  このような事態を避けるためには、情報へのアクセスを確保するための行為に対する権利行使を制限する必要がある。  すでに、現行の日本の著作権法においても、障害種別を限定した上で、一定の行為について権利侵害としないことを明記した制限規定は存在している。しかし、著作権法学界においては、障害による情報へのアクセスへの支障を解消する行為と著作権法との関係に関する総合的な議論は端緒についたばかりである3。  本報告では、まず、情報へのアクセシビリティに関する著作権制度を概観する。次いで、現行の著作権制度に残された問題点を指摘し、解決策の試論を示す。最後に、著作権制度の制度設計における情報へのアクセシビリティの位置づけを示した上で、情報へのアクセシビリティを根拠とする権利制限の考え方について、若干の私見を述べる。 II 情報へのアクセシビリティに関する著作権制度の概観 1 はじめに  著作権制度は、原則として各国の国内法を根拠として存在している。したがって、論理的には各国ごとに全く異なる著作権制度が存在しうる。情報へのアクセシビリティに関する著作権制度もまた、論理的には各国ごとに異なるものとなりうる。  しかし、著作物が国境を超えて流通する場合、それぞれの国で制度に大きな差異があると何かと不都合である。そこで、それぞれの国内法における外国の著作物の取り扱いを定める多国間条約45が締結されており、その代表格がベルヌ条約6である。  ベルヌ条約は、外国の著作物に条約が定める保護を与えること、外国の著作物に内国の著作物と同等以上の保護を与えるべきことなどを定める。一方、内国の著作物の取り扱いについては、各国の国内法に委ねられている。 2 多国間条約における情報へのアクセシビリティに関する著作権制度 世界規模の多国間条約では、長い間、明示的に積極的な著作権の制限を定めたものは存在していなかった7。著作権の制限が、独立したテーマとして本格的に多国間条約のフォーラムである世界知的所有権機関(WIPO)で、正式に議題とされたのは、2009年5月に開催されたWIPOの第18回著作権等常設委員会(SCCR)8からである。 議題とされたきっかけは、複数の国からSCCRの議題として権利制限を取り上げるべきであるとの提案書が提出されたことである。2005年にチリが提出した提案書は、著作権の制限の最低水準を条約により設けるべきとするものである。そのなかで、国際化の進展に伴い、各国国内法での著作権の制限の取り扱いに相違があることで、障害者による著作物の利用が阻害されかねないとの懸念が示されていた9。また、2008年3月の第16回SCCRにブラジル、チリ、ニカラグア、パラグアイの4カ国が共同で提出した提案書には、障害者に関する権利制限の最低水準に関するコンセンサスが必要である旨が記載されていた。さらに、強制的な権利制限の例として、障害者のコミュニティが権利制限に基づき生成した著作物の輸出入が挙げられていた10。 2009年以降のSCCRでの障害者に関する権利制限の議論の成果として、2013年6月に署名がなされた、「視覚障害者等の発行された著作物へのアクセスを促進するためのマラケシュ条約」(以下、「マラケシュ条約」という)11がある。マラケシュ条約は、視覚障害や読字障害等により文字等による著作物の享受が困難な者の著作物へのアクセスを確保することを目的とするものである。また、同条約は、書籍その他の発行された著作物について、視覚障害や読字障害を持つ者が「利用しやすい様式」の複製物の作成や流通(国内外を問わない)を促進することを意図している12。 マラケシュ条約が登場した後も、SCCRでは、聴覚障害等のマラケシュ条約の対象とならない障害種別に関する著作権の制限が議題に上り続けている。次回の第43回SCCRでも、議題として取り扱われることが、直近の第42回SCCRで明言されている13。 3 日本著作権法における情報へのアクセシビリティに関する規定  日本著作権法は、著作者に無断ですることが認められないとされる行為にあたる場合であっても、著作権侵害としない旨の規定、すなわち権利制限規定を限定的に列挙している。  まず、障害当事者自身が、情報へのアクセスの支障を解消するためにする行為については、自ら使用することのみを目的としてそれが行われる限り、著作権侵害にならない場合が多い。障害に関係なく適用される、私的使用のための複製(30条)や、私的使用のための翻訳、編曲、変形または翻案(47条の6第1項1号)についての権利制限により、障害による情報へのアクセスへの支障を解消する行為を可能とする余地があるからである。障害当事者が、自ら読み上げ機能を持つソフトウェアを用いて音声を生成したり、自動的に字幕を生成するソフトウェアを用いて字幕を生成したりする行為は、生成されたものを障害当事者自身が使用している限りは、30条や47条の6により、著作権侵害とはならない。  他方で、障害当事者が、個人的なつながりを超える範囲に、生成した音声や字幕のデータなどを複製して提供した場合、提供するためのデータの複製には30条が適用されず複製権侵害となることにくわえ、当初の音声の生成や字幕の生成についても、30条や47条の6の適用が否定され、著作権侵害となる。  また、障害当事者以外の者が、個人的なつながりを超える範囲の障害当事者のために、オーディオブックや字幕を作成したり、手話通訳14をする行為には、30条や47条の6は適用の余地はない。  これを補完する役割を担うのが、著作権法37条と37条の2である。これらの権利制限は、主として、障害当事者自身による行為ではなく、障害当事者以外の者が、障害当事者のためにする行為に関するものである。  37条は、1項と2項で点訳、電子点字の作成及び公衆送信15についての権利制限を定める。3項では、文字の音声起こし等、点字や電子点字を除いた障害当事者のために必要な方式での複製及び公衆送信についての権利制限を定めている。37条3項の対象となるのは、政令で定められた、何らかの障害により視覚による表現の認識が困難である者の福祉に関する事業者等である。  37条の2は、音声の文字起こし等、障害当事者のために必要な方式での複製及び障害当事者のみを対象とする当該複製物の貸出、並びに障害当事者のために必要な方式での公衆送信についての権利制限である。37条の2の対象となるのは、政令で定められた、聴覚による表現の認識に障害のある者の福祉に関する事業者等に限られる。  なお、著作物が、視覚による表現の認識が困難である者や聴覚による表現の認識に障害のある者による利用に必要な形式で、著作権者やライセンシーから公衆に提供されている場合には、37条3項と37条の2の適用はないとされる。 III 情報へのアクセシビリティに関する日本著作権法の問題点  現在の日本著作権法の障害者のための権利制限規定は、2018年に直近の改正が行われた。この改正は、マラケシュ条約に日本著作権法を準拠させるためのものであった。これにより、視覚による表現の認識が困難である者への対応は、一定程度改善された。  とはいえ、課題は未だ残されていると言わざるをえない。 1 権利制限の対象を障害種別により画定することの弊害  日本の著作権法は、権利制限の対象となる行為を極めて詳細に規定している。  たとえば、37条は、権利制限の適用を受けられる行為を、障害種別を限定せずに「視覚による表現の認識が困難である者」が利用するために必要な形式による複製等としている。37条は、このような文言であることで、視覚自体には障害がなくとも、四肢の障害や読字障害などにより、視覚による表現の認識が困難な場合にも広く適用される。  一方、37条の2は、権利制限の適用を受けられる行為を、「聴覚による表現の認識に障害のある者」が利用するために必要な方式との文言で、障害種別を限定して規定している。したがって、37条の2が適用される障害種別は、聴覚による表現の認識の障害のみ、ということになる。この文言では、聴覚情報処理障害16のように、聴覚による表現の認識に対する障害以外の理由で、聴覚による表現の認識が困難である者は、権利制限の対象外となる。37条の2の権利制限の対象とするか否かは本来、当人に困難が生じているか否かで判断すれば十分である。その困難が生じる原因を特定して、適用の有無を変える必然性はない。そもそも、かつては障害として認識されなかったことが、新たに障害として認識されることはままあることであり、聴覚情報処理障害はまさにその一例である。  この規定ぶりの相違は、マラケシュ条約が、障害種別を限定せず、広く視覚による表現の認識が困難である者に対する対応を要求するものであるために、37条が改正された結果である。 2 権利制限の対象となる者の範囲に関する規定が過度に複雑であること  もう一つの問題点として、権利制限の対象となる者の範囲を容易に把握できないことが挙げられる。点字や電子点字の作成や電子点字の公衆送信については、権利制限の対象となる者は特に限定されていない。他方で、点字や電子点字以外の方式での複製や公衆送信については、権利制限の対象となる者が厳格に規定されている。  確かに、マラケシュ条約への対応の過程で、権利制限の対象となる者の範囲が、従前より拡大された。従前は、政令に列挙された団体か、文化庁長官の指定を受けた者でなければ権利制限の対象となり得なかった。この点、37条3項に関しては、政令で定められた要件を満たすものであれば、手続なしに権利制限の対象となるよう改められた(著作権法施行令2条1項2号)。  しかし、37条の2については、政令に列挙された団体か文化庁長官の指定を受けた団体に対象が限定されている(著作権法施行令2条の2)。文化庁長官の指定を受けるための手続を負担に感じ、尻込みしてしまうボランティアグループへの対応17として、37条では一定の要件を満たせば権利制限の対象としたにも関わらず、37条の2ではその対応がされていない。また、規定が複雑であることにかわりはなく、誰もが一見して自らが権利制限の対象かどうかを判断できる状態ではないといわざるをえない。さらに、障害当事者自身や個人で活動するボランティアが、点字や電子点字以外の権利制限の対象とならないことにも、注意が必要である。  これらの文言の相違や厳格な要件による課題について、解釈論による解決が可能である、という見解があるかもしれない。  しかし、解釈論による解決には限界があると言わざるをえない。というのは、権利制限の対象となる者の範囲が厳格に限定されることとなったことには、法案作成の過程で、権利者団体から、生成された音声データや字幕が付与された動画が、障害当事者以外の者に流出することへの強い懸念が示された18ことが影響している。政令で詳細な要件を定めることで、障害当事者以外の者への流出への対策を図るのが立案者の意図であり、解釈論で権利制限の対象を拡張することは、それと真っ向から衝突する。  くわえて、裁判実務は、著作権の権利制限規定の解釈適用を厳格に行う傾向にあり、規定の文言を柔軟に解釈し、権利制限の適用を認めることに極めて消極的である19。  よって、条文の文言上、明確に権利制限の適用があるといえない場合には、権利制限の適用を受けられない可能性が高いといわざるをえない。  したがって、これらの問題点については、立法による解決が望まれる。以下では、著作権法の制度設計において、情報へのアクセシビリティという価値が、どのように把握されているかについて述べる。 IV 著作権法の制度設計における情報へのアクセシビリティの位置づけ  著作権法は、著作物の利用行為に対する禁止権である著作権を著作者に与えることで、著作者が著作物の利用から対価を得ることを可能としている。著作権を制限することは、著作者の利益と真っ向から衝突することになる。  著作権法学界では、伝統的に、著作権法の大原則は著作者保護が第一義であり、権利制限はその例外にすぎない、という考え方20が採られてきた。  しかし、近年では、著作権の制度設計に際しては、伝統的な著作者第一主義を離れ、著作者の利益と利用者の利益とを同等のものとして把握し、それらのバランスを図るべきとの考え方21も有力である。2008年3月の第16回SCCRにブラジル等から共同して提出された提案書では、「義務的な権利制限または利用者権」との表現が用いられている。この表現は、まさに後者の考え方を反映するものである。  日本の著作権法の政策立案を担当する文化庁に設置されている、文化審議会著作権分科会の2017年4月の報告書では、障害者にかかる権利制限規定について、「著作物の本来的利用を伴うものの、公益的政策目的の実現のため、権利者の利益との調整が求められる行為類型」と位置づけられている22。上記報告書が「公益的政策目的」との文言を用いて障害者に関する権利制限を位置づけたことからは、著作権政策の立案担当者が、情報へのアクセシビリティを、著作者の利益に劣後しないものと理解していることが読み取れる。  以下では、著作権法の制度設計の観点から、情報へのアクセシビリティを根拠とする、権利制限の考え方について、若干の私見を述べる。  情報へのアクセシビリティの観点から、著作権制度自体が社会的障壁となりうることは、従前より指摘されている23。したがって、情報へのアクセシビリティそれ自体が、権利制限を設けるべき積極的理由として機能することはいうまでもない。それでもなお、情報へのアクセシビリティを図るための権利制限が複雑怪奇なものとなったり、過度な要件が課されたりするのは、権利制限を設けることの消極的理由、すなわち権利制限を設けることで生ずる問題がある場合に、それが甘受できる程度に止まるか否か、の説明が困難であることによる。  実際に著作物の市場が侵食されなくとも、著作物が著作者以外の者により複製されただけでそれを損害と理解する見方に立てば、情報へのアクセシビリティを確保するための行為は、著作者の利益を幾分かは削り取るもののようにみえる。この見方は、先に取り上げた文化審議会著作権分科会の2017年の報告書において、障害者にかかる権利制限規定が、著作物の本来的利用を伴うもの、とされていることにも顕れている。そうした見方からは、理由はどうあれ複製がされれば著作者の利益が損なわれるのだから、それを補填せよ、との主張が導かれる。  著作者等により、適法に世に出された著作物について、そのままの状態で内容を享受できない場合、すなわち情報へのアクセシビリティを確保するための追加的な行為が必要な場合には、それに要する追加的な費用が生じる。この追加的な費用としては、そうした行為を物理的に行う人やモノに要する費用のほか、権利制限がなければ著作権者に支払われるであろう許諾の対価を観念できる。情報へのアクセシビリティについての権利制限の制度設計は、これらの費用のうち、後者のものを誰にどのように割り付けるか、を定める作業ともいえる。  仮に、情報へのアクセシビリティについての権利制限が一切無ければ、著作権者から許諾を得られた場合でも、情報へのアクセシビリティが確保されない者は、自身で追加的な許諾の対価を著作権者へ支払うことになる。言い換えれば、情報へのアクセシビリティのための措置が必要な者は、そうでない者に比べ、著作権者への許諾の対価の分だけ高い費用を負担することになる。  他方で、情報へのアクセシビリティのための行為全てに、一切の権利行使を否定する権利制限を設けることは、著作権者への許諾の対価という費用を、情報へのアクセシビリティの名のもとに社会的に著作権者に負担させることを意味する。  情報へのアクセシビリティのための社会的な費用は、誰かが必ず負担しなければ、情報へのアクセシビリティは図られない。この費用を、障害当事者にのみ割り付けることは、情報へのアクセシビリティを否定することと同義である。また、この費用を著作権者にのみ割り付ける理由もない。したがって、この費用は、社会全体で負担すべき費用と位置づけるほかない、ということになろう。  よって、情報へのアクセシビリティのための行為のうち、すくなくとも個別の行為を逐一捕捉可能なものについては、一律に権利行使を否定する権利制限を設けた上で、行為がなされた程度に応じて、国庫から権利者へ補助金として還流させる制度設計も選択肢に入るのではなかろうか。   1 いずれも著作権法21条の複製権と抵触する。 2 著作権法21条から27条でそれを行う権利は著作者が専ら有するとされる行為。支分権の対象となる行為といわれる。 3 個別の障害種別に応じた散発的な議論は、著作権法学界(踏み込んだ議論を行うものとして、渋谷達紀『著作権法』(中央経済社、2013年)286頁がある)のみならず、立法担当者や障害当事者により行われていた。著作権法学界での総合的な議論としては、佐藤豊「障害者の情報へのアクセシビリティと著作権―日本の著作権制限規定におけるマラケシュ条約の位置づけ―」渋谷達紀教授追悼論文集編集委員会編『知的財産法研究の輪』(発明推進協会、2016年)637頁、得重貴史「障がい者のアクセシビリティと著作権―著作権法の権利制限規定の比較法的研究」渋谷達紀教授追悼論文集編集委員会編『知的財産法研究の輪』(発明推進協会、2016年)649頁、佐藤豊「情報へのアクセスに対する社会的障壁と著作権制度」障害法創刊号(2017年)127頁がある。 4 ベルヌ条約以外の著作権制度に関する主要な多国間条約としては、TRIPS協定とWIPO著作権条約が挙げられる。TRIPS協定は、ベルヌ条約の遵守義務を定めた上で、ベルヌ条約が要求する以上の著作権保護を求めている。また、WIPO著作権条約は、ベルヌ条約の「特別の取極」である(WIPO著作権条約1条(1))。ベルヌ条約は条約の規定に反しない範囲で「特別の取極」を定めることを要求している(ベルヌ条約20条)。したがって、TRIPS協定やWIPO著作権条約により、ベルヌ条約の適用範囲が狭められることはないとされている。 5 地域的な協定によっても、著作権制度の整理が図られている。欧州連合では、加盟国の国内法を拘束する「指令(Directive)」により、著作権制度の統一が図られている。  もっとも、欧州連合は、地域連合として世界貿易機関に加盟している。世界貿易機関を設立するマラケシュ協定(WTO協定)の付属書である、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定。付属書IC)9条は、ベルヌ条約の遵守義務を定める。世界貿易機関の加盟国には、TRIPS協定の適用の留保が認められていないため(WTO協定16条(5))、すべての加盟国はTRIPS協定9条に基づき、ベルヌ条約に拘束されることになる。したがって、欧州連合は、実質的にベルヌ条約に拘束される。 6 ベルヌ条約は、1886年の原条約に欧州と北アフリカの8カ国が署名して以来、著作物の利用形態の発展などに対応して複数回の改正が重ねられている。また、条約が適用される国の数も増大し、直近の改正条約である1971年のパリ改正条約が適用される国は、世界171カ国にのぼる(https://www.wipo.int/treaties/en/ip/berne/ (follow “Contracting parties” hyperlink; then follow “Paris Act(1971)” hyperlink))。  ベルヌ条約は、条約が適用される国の増大に伴い、合意形成が困難となり、1971年のパリ改正条約以降、条約本体の改正は行われていない。ベルヌ条約20条は、一部の締約国間で、条約の規定に反しない「特別な取極」を行うことを認めている。「特別な取極」により、著作物の利用形態の発展などに対応している。 7 もっとも、学説のなかには、引用に関する権利制限について規定するベルヌ条約10条が、著作権を積極的に制限すべき旨を定めるものと理解するものがある(DANIEL J. GERVAIS, (RE)STRUCTING COPYRIGHT A COMPREHENSIVE PATH TO INTERNATIONAL COPYRIGHT REFORM (2017), AT 42; PAUL GOLDSTEIN & P. BERNT HUGENHOLTZ, INTERNATIONAL COPYRIGHT LAW PRINCIPLES, LAW, AND PRACTICE(4TH EDS.,2019), AT 369; SUPRA NOTE 21, AT 29; 坂田均「ベルヌ条約ストックホルム改正条約における引用について」御池ライブラリー53号(2021年)34頁(https://www.oike-law.gr.jp/wp-content/uploads/OL53-15_sakata.pdf))。 8 SCCR/18. SCCRは、著作権および著作隣接権に関する事項を検討することを目的として、1998年に設置されたWIPO内部の機関である。 9 SCCR/13/5, at annex page 2(https://www.wipo.int/edocs/mdocs/copyright/en/sccr_13/sccr_13_5.pdf). 10 SCCR/16/2, at annex page 2(https://www.wipo.int/edocs/mdocs/copyright/en/sccr_16/sccr_16_2.pdf). 11 マラケシュ条約は、2013年6月に採択され、20カ国の加入書又は批准書のWIPOへの寄託を得て2016年9月30日に発効した。日本は最終文書には署名を行ったものの、条約には署名を行わなかった。その後、日本は2018年10月に加入書を寄託し、2019年1月1日に同条約への加入を果たした。(https://www.wipo.int/treaties/en/ip/marrakesh/ (follow “Contracting parties” hyperlink)).  マラケシュ条約の条約案は、視覚障害分野の国際非政府組織である世界盲人連合(以下、「WBU」という。)により2008年に作成された。条約案はブラジル、エクアドル、パラグアイによる提案書として2009年5月の第18回SCCRへ提出された。これを契機に、WIPOでの議論が始まった。マラケシュ条約の制定過程における議論につき、von Lewinski・前掲WIPO(1)219頁及びSilke von Lewinski(矢野敏樹訳)「WIPOにおける著作権保護の例外と制限に関する議論(2・完)」知的財産法政策学研究35号(2011年)195頁を参照。 12 マラケシュ条約の詳細については、佐藤・前掲情報へのアクセス127頁等を参照。 13 SCCR/42/SUMMARY BY CHAIR, at 4-5(https://www.wipo.int/edocs/mdocs/copyright/en/sccr_42/sccr_42_summary_by_the_chair.pdf). 14 私的使用のための複製に付いての権利制限である30条1項については、47条の6は、翻訳と翻案の双方について準用される旨規定するため、権利制限の対象となる行為が、「翻訳」か「翻案」かを区別する実益はない。 他方で、図書館による複製等に関する権利制限を定める31条は、翻訳についてのみ準用される旨規定される(47条の6第1項2号)。したがって、権利制限の対象となる行為が、「翻訳」か「翻案」かを区別する実益が生じる。  著作権法の立案担当者は、著作権法上の「翻訳」とは、言語の著作物を言語体系の違う他の国語で表現し直すことであるとし、点訳は翻訳には当たらないとする(加戸守行『著作権法逐条講義』(2021年、七訂新版、著作権情報センター)49頁)。この説明は、手話の言語としての位置づけを意識してなされたものではない。したがって、手話通訳が、著作権法上の「翻訳」か「翻案」のいずれにあたるかについて、立案担当者がどのように考えたかを判断する材料としては十分ではないかもしれない。とはいえ、この説明に従えば、日本語を日本手話とすることが、「翻訳」であるのか「翻案」であるのかは、日本手話を、日本語と言語体系の違う他の国語として位置づけるか否かで変わることになる。  日本手話は、言語学的に見て、日本語とは全く異なる自然言語であると説明される(山内一弘「日本語と日本手話―相克の歴史と共生に向けて―」立法と調査386号(2017年)https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2017pdf/20170301101ss.pdf、101頁。)。この説明に従えば、手話通訳は、著作権法上の「翻訳」にあたる、とすべきことになろう。 15 具体例としては、不特定の視覚障害者等に対する放送、有線放送、ストリーミング配信、メール送信が挙げられる。  著作権法上の「公衆送信」とは、不特定または特定多数の者が直接受信することを目的として、電気通信の送信を行うこと、と定義されている(2条1項7号の2)。  また、不特定または特定多数の者がダウンロード可能な設定としたサーバの領域にアップロードする行為や、著作物が記録されたサーバの領域を不特定または特定多数の者がそこからダウンロード可能な設定とする行為は、公衆送信の前段階の行為であり、「送信可能化」(前者につき2条1項9号の5イ、後者につきロ)に該当する。  「送信可能化」については、著作権法23条により、公衆送信の一類型として規定される「自動公衆送信」(9号の4)に含まれる行為として、著作者が禁止できる行為とされている。これについても、37条及び37条の2の権利制限の対象となる。 16 聴力検査では正常と判断されるにもかかわらず、日常生活において聞き取りにくさを感じる症状と説明される(松本希「臨床ノート 聴覚情報処理障害(APD)」耳鼻と臨床66巻5号(2020年)、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibi/66/5/66_190/_pdf、190頁)。 具体的な症状としては、聞きまちがいや、周囲の雑音が大きい場合に言葉を聞き分けられない、口頭で言われたことを忘れてしまう、早口や小さな声を聞き取れない、長い話を注意して聞き続けられない、視覚情報に比べて聴覚情報の理解ができない、といった症状があるとされる(松本・前掲190頁)。 17 文化審議会著作権分科会「文化審議会著作権分科会 報告書 平成29年4月」(2017年)、http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/pdf/h2904_shingi_hokokusho.pdf、114頁。 18 文化審議会著作権分科会・前掲平成29年4月報告書113頁。 19 知財高判平成26・10・22平成25(ネ)10089[ドライバレッジジャパン控訴審]。同判決は、依頼者から預かった書籍等をスキャンし、依頼者にスキャンデータを提供するとともに当該書籍等は返却するサービス(いわゆる「自炊代行サービス」)の提供者につき、書籍等のスキャンが複製に該当することを前提に、当該複製を物理的に為す者がサービス提供者であること等を斟酌して、著作権法30条の適用を否定した。 20 斉藤博『著作権法概論』(2014年・勁草書房)16頁。 21 実際の立法例にこの考え方が反映されたことを指摘するものとして、谷川和幸「カナダ著作権法における『利用者の権利』としての著作権制限規定」情報法制研究第4号(2018年)57頁、61-62頁。 22 文化審議会著作権分科会・前掲平成29年4月報告書39頁。 23 佐藤・前掲情報へのアクセスに対する社会的障壁と著作権制度127頁。  ---------------    ------------------------------------------------------------    ---------------    ------------------------------------------------------------               1