判例研究２　
医療器具整備要求訴訟
～医療的ケア児の教育保障をめぐる差別解消を目指す裁判～
（名古屋地判２０２０年８月１９日）

弁護士法人名古屋南部法律事務所　平針事務所
弁護士　髙森裕司
１　事案の概要
　?　本児　愛知県内の公立小学校（現在は公立高校）に通学
　　　 声門下狭窄症　現在は気管にチューブが挿入された状態で生活
　　　 成長とともに頻度は少なくなっているものの、学校にいる間も痰吸引が必要（医療的ケア児）
?　問題点
　 教育委員会は、医療的ケア実施に関する要綱等を制定、支援員１名を配置。しかし、・・・
Ａ：痰吸引器
　①支援員は１名のままで、②支援員の配置以外の喀痰吸引器具等の経費負担は保護者であり、③喀痰吸引器や連絡票は保護者が毎日持ち運びせねばならず、④支援員が不在の場合や器具の持参がない場合は医療的ケアを実施しない、すなわち本児は授業が受けられない（＝子の登校の条件）。
Ｂ：校外学習に親の付き添い要求（付き添えないと特別授業か自宅待機）
　１年次はやむを得ず母が付添い。２年次以降は断り、参加はできたが５年次まで「お願い」は続いた。
Ｃ：通学団保護者から親の付添を入団条件とされる差別を受けていても学校は放置
      保護者との話し合いに学校は何も言わず。５年生から「付かず離れず」で集団登校可能に。ただし、「毎日」か「できる時でいい」かで最後まで保護者と見解に相違。
　学校、教委は差別でない（教育長はむしろ付添必要）と。県教委は「不安を理由に付添を求めるのは問題」としたが、教育長は県教委とは見解が異なると無視。
Ｄ：水泳授業への参加を認めず
　親の働きかけにより３年次に医師面談、リハーサル実施。ようやく４年生から水泳授業参加。ただし、６年生の途中まで低学年用プール。

２　交渉の経過
?　５年生２学期から、弁護士が交渉に加わり、ようやく保護者が準備した喀痰吸引器を学校に置くこと、連絡票は本児が提出すればよいことが「特別の措置」として認められた。また、６年生になってようやく支援員が２名の交代制になった。
　しかし、喀痰吸引器を学校側で準備することは「前例がない」という理由で認めず、器具や支援員の問題で医療的ケアを実施できない場合は当然に授業が受けられないという態度も変わらず、「落ち着きがない」という理由を追加してまで、県教委の意見に逆らってまで登下校に付添いが必要という見解を変えなかった。
?　県教委とも交渉したが埒があかず、障害者差別解消推進条例のある愛知県の担当部署に相談したが門前払い。他に有効なＡＤＲも見当たらず、やむを得ず２０１８年７月提訴。

３　請求
　?　義務付け
　　　公法上の法律関係に基づく実質的当事者訴訟
　原告らと被告との間の在学関係という公法上の法律関係に付随する配慮義務に基づいて、障害者差別解消法７条２項の合理的配慮として、本件器具の取得等を請求する。
　※訴状では、抗告訴訟としての非申請型義務付け訴訟（行訴法３７条の２）
　　　⇔「行政処分性」に難点　⇒実質的当事者訴訟（行訴法４条後段）

請求の趣旨「被告は、電動式吸引器ほか別紙物件目録（１１点記載）記載の喀痰吸引に必要な器具を取得し、その器具を使用に供し得る状態で維持、保管及び整備せよ。」

　?　国賠ー違法事由
　Ａ：原告らが吸引器具の準備をすること及び器具・連絡表の毎日の持ち帰りを原告子の登校条件とすることは「不当な差別的取扱い」にあたり、かつ、被告が吸引器具を準備しないことは「合理的配慮の不提供」にあたる。
　Ｂ：原告子にのみ校外学習に保護者の付添を求めるのは「不当な差別的取扱い」であり、かつ、保護者に付添いを求めることなく医療的ケアの実施を保障するという「合理的配慮」の「不提供」にあたる。
　Ｃ：被告は学校保健安全法上登下校においても児童に対し責務を負うところ（控訴審からは、「被告が、通学団による集団登下校を教育活動プログラムと位置づけながら」に修正）、通学団保護者の差別をあえて放置して原告子を集団登下校に参加させなかったことは「不当な差別的取扱い」であり、かつ、原告子が保護者の付添なく通学団に入れるよう是正に向けた働きかけをするという「合理的配慮」の「不提供」にあたる。
　Ｄ：被告が３年生まで水泳の授業に参加させず、４年生から６年生の途中まで主体的に高学年用プールでの授業に参加させなかったのは、障害を理由とする「不当な差別的取扱い」であり、かつ、原告子の成長発達に応じて変更・調整した水泳授業の教育プログラムを提供しなかった点で「合理的配慮の不提供」にあたる。

４　一審判決の内容とその問題点
　?　義務付け
　①差別解消法が公法上の義務であること、②合理的配慮が個別の事案に応じた多種多様なもので一義的に定まるものでないこと、③後記のように合理的配慮として器具の取得義務があるとは言えないことから棄却
　⇔①こちらも差別解消法から直接請求したものではない
　　②原告子が教育を受ける場面で本件器具が必要なのは一義的に明確
　　③→?
※ なお書きで、「公法上の関係に付随する配慮義務」「を観念し得るとしても」とし、また、被告の本案前答弁（給付の目的物が不明確）は採用せず、実体判断で切っており、義務付けの可能性は否定していないと思われる。

　?　国賠
▲違法性の判断手法
 「地方公共団体の設置する学校において医療的ケアを実施する場合に当該医療的ケアの実施方法等をどのように定めるかについては当該学校を管理する権限を有する教育委員会に一定の裁量が認められるものの、その内容が障害者基本法又は障害者差別解消法に違反するものであるときは、教育委員会がそのような定めをすることは、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものとして違法となるものと解される。」
　　　以下、Ａ～Ｄについて、差別解消法違反ではないとして棄却。

　Ａ－１：痰吸引器の取得等
　　 ①器具の性質上、不特定多数の児童が共用することは想定し難く、専ら原告子の個人的使用に供されるものと考えられること
        ⇔･合理的配慮は、特定の児童にとって必要なもの。
		　例えば、点字資料を提供することは典型的な合理的配慮の例であるが、点字資料は不特定多数が供用するものではない（川島）
	⇔（高裁判決）点字資料は、視覚障害を有する不特定多数の児童が供用できるので本件と異なる
・日常生活でも必要という意味なら、求めているのは学校で使うもの。
	　使途を校内に限定、また小学生には持ち運び困難と言う点で、一般に私費負担とされる眼鏡や文房具とは異なる（石井）。
	⇔（高裁判決）１台あれば学校の内外を問わず使用でき、わざわざ２台用意する理由無し。眼鏡を家庭（学校外）使用用と学校内使用用に区別すれば、学校内使用用の眼鏡は学校が公費で購入すべきことになる
②原告父母には原告子に普通教育を受けさせる義務があり、原告子が学校教育に使用する物品の費用を保護者の負担とすることも不合理とはいえないこと
   ⇔・保護者の負担を被告が負担しないことの正当化理由にできないし、子の就学条件となってはならない
		※合理的配慮は行政機関等が負担するもの。障害者側の負担可能性を考慮に入れることは差別解消法の合理的配慮義務の考え方に反する（川島）
			⇔（高裁判決）利用を示さず「採用できない」と。
　　　　　 例えば、シンポへの参加に手話通訳代の負担を条件にすれば合理的配慮義務違反のみならず、不当な差別的取扱いとなる（川島）。
※条件整備義務は第一次的に国や自治体にあり、親は国や自治体に条件整備を要求すべき義務があり、国や地自体はその親の義務を援助し保障する義務がある。親の負担を親の義務履行として子の就学条件にしてはならない（石井）。
・義務教育の無償性・設置者負担主義
      ③痰吸引器は数万円で購入することが可能で、その取得には厚労省の補助あり
         ⇔・むしろ「過重な負担」にならず、被告の取得義務を裏付けるもの
・厚労省補助は家庭での使用のもの
Ａ－２：器具と連絡票の毎日の持参
①直接対話により十分な情報期待できる
　　⇔・子の通学条件とするには理由が抽象的すぎる
・連絡帳、電話、必要に応じた面談で十分可能
・子の成長発達に応じて検討された形跡無し（理由が後付け）
②器具の安全かつ管理な管理は学校より親に期待できる
　　⇔学校で問題なし。５年次からは学校保管。
③親と学校の信頼関係醸成が期待できる
　　⇔子の教育を人質にとった必要の無い行為の義務化は信頼関係醸成と正反対
④親の就学義務から、重さ２㎏程度のものの持参を求めるのは過大な負担では無い
       ⇔保護者の負担を差別の合理化理由にしてはならない。重さの問題ではない。
Ｂ：校外学習への付添
①カニューレが外れる可能性、原告子は落ち着きがなく、突発的・衝動的行動に出る傾向から、高齢の支援員１人以外の者の同行を求めるのも合理的措置
⇔抽象的で漠然とした不安でしかない。
②原告父母が付き添えば、安全かつ適切な医療的ケアの実施が期待できる。
　　⇔原告父母に求める前に、他の手段を検討すべき
③原告父母には原告子に普通教育を受けさせる義務があり、原告父母に一定の助力を求めることも不合理ではない
　　⇔保護者の負担を差別の合理化理由にしてはならない
④それぞれ一定の合理的理由がある場合に限られている
　　⇔「入学して間もない」「公共交通機関を利用する」だけでは合理性なし
⑤給与等の勤務条件から支援員として１人しか雇用できなかったこともやむを得ない
⇔２名のシフト制にすれば、２名同時は校外学習のときのみで足りる。父母の付き添いを当てにして１人しか雇用してこなかったのが実態。
⑥強制にわたるものとまでいえず、打診したにとどまる
⇔打診であっても問題。付添い無ければ「学校待機か自宅学習」と言われ悪質。
⑦文科省も自立を促す観点から付添いは限定的にとしているが、「自立が阻害されるか否かは、保護者と児童生徒との関係、保護者の付添の理由や態様等によっても異なり得るものと考えられ」、本件において原告父母が原告子の校外学習に付き添うことによって直ちに原告子の自立が具体的に阻害されることを認めるに足りる証拠はない
         ⇔・文科省の見解を理解しないで、安易に立証転換している。
			（高裁判決）この理由は削除された
　　⇔「障害者でない者に対しては付さない条件を付すこと」が子に対する「差別」にあたるという認識があまりに希薄で、校外学習の教育の意義についての認識もなく、本人の意思も、親の意思も無視。
Ｃ：通学団
　? 学校の措置
   ①学校は、集団登下校など特定の登下校方法を実施すべき一般的な義務は負わないので、原告子が通学団により通学することができるようにする措置を執る義務なし
       ⇔集団登下校を選択している本校で原告子だけなぜ外れてもいいかという問いの答えになっていない。
			（高裁判決）教育活動プログラムであるという点は判断無し
? 通学団保護者の差別
①通学団保護者が、父母の付添いを入団条件としたのに具体的かつ合理的な根拠あり
	カニューレが外れる可能性
	原告子は落ち着きがなく、突発的・衝動的行動
	他の児童が精神的負担を強いられ、他の児童が適切な対応ができなかったためにその児童の保護者に法的責任が生じる可能性
　　　他の児童が原告子から危害を受けたり、原告子の行動により他の児童が事故に遭遇する可能性
⇔理由が抽象的に過ぎるだけでなく、障害に対する偏見でしかない。
			（高裁判決）さらに、「原告子が不注意によって横断歩道に飛び出して、他の児童がそれを止めようとする場合も想定されるから」「事故が起こるおそれはあった」と補強
②原告子が単独で登下校した場合に安全を確保することができない事情を認めるに足りる証拠はなく、かえって、原告子は４年次まで１人で通学している。
⇔むしろ付添いが不要な証拠
			（高裁判決）この理由は削除された
③付添いによって原告子の自立が具体的に阻害されることを認めるに足りる証拠無し
	  ⇔・文科省の見解を理解しないで、安易に立証転換している。
			（高裁判決）この理由は削除された
Ｄ：水泳
①気管切開部から水を吸い込んだ場合に生命に関わる危険
⇔医学的に禁忌ではない。
②プールを使用して夏季に行われる特別な授業であるため児童が興奮し教職員の指示が通りにくくなったり、児童が不測の行動に出たりするおそれがある上、
⇔水泳授業の一般論の域をでない
③特に原告子は行動に落ち着きがなく、突発的・衝動的行動にでる傾向
⇔抽象的で漠然とした不安でしかない。
④主治医も、３年次の原告子について、絶対に大丈夫だとは言えないと述べている
          ⇔主治医の「気をつけて行えば可」という見解を曲解。
⑤３年次まで授業を受けていないことから、水深が浅く、気管切開部から水が入る危険が少ない低学年用プールを使用して開始することも合理的な措置
⇔浅いから危ないと訴えたのに
⑥校長らは、高学年用プールを使用した場合の危険性の程度、原告子の習熟度等を総合考慮して、段階的に高学年用プールに移行することを企図していたと推認され・・・
	　⇔尋問で校長は原告子の身体的な状況・能力を検討したわけではないと述べた
⇔検討過程・手続きの問題点、代替手段の検討すら行っていない、合理的配慮の不提供の問題は無視

５　その後の経緯
　　名古屋高裁　２０２１年９月３日判決　→全面敗訴　→上告及び上告受理申立て
最高裁　２０２２年４月１日決定　上告棄却、上告不受理

現在は、県立高校通学。
　主に痰吸引の体制について要求しているが、県教委は対応済みとして面談すらしてくれない状態。

６　今、改めて検討してみる
　?　「前例がない」「特別扱いできない」「もし何かあったら」という「対話の際に避けるべき言葉」のオンパレードを、裁判所もそのまま是認。
　それだけでなく、荒唐無稽な想像までして他の児童、保護者を優先する裁判所の姿勢は、もはや裁判所による差別としか言いようがない。

　?　しかし、冷静になって反省してみると。
①合理的配慮の概念を裁判所に全く理解させられなかった
　　特定の場面の、個人のニーズに応じたものであること、法的義務であること、事前的改善措置（「環境の整備」）と異なること
  　 「モノ」の壁は厚い（「特別扱い」の恐怖）
②障害者差別解消法の解釈をさせられなかった
「差別解消法違反」なら裁量権逸脱
→　しかし、差別解消法違反かどうかは、条文解釈から要件定立し、あてはめをするという判断過程をへておらず、ただ違反するかしないかだけになっている
→　控訴審では、川島意見書で、「不当な差別的取扱い」「合理的配慮の不提供」について、教科書のような要件定立。
しかし、高裁判決も全く要件定立無し、あてはめ無し
	※相手方の争い方
　「差別的取扱いー正当な理由」「合理的配慮ー過重な負担」という土俵設定を避け、「やれることをやってきた」ので違法と言われる筋合いはないとだけ
　義務付けに対しは、単に抽象的権利とだけ。なお、相手から過重な負担であるという主張は一切されていない。
＝裁判所は、こちらの主張だけでは差別解消法の解釈を書けなかった。
　　③被害の重大さを認識させられなかった　
 「親の負担の問題ではなく、子の教育を受ける権利の問題だ」は何度言っても響かず、むしろ高裁では、子どものためだから親の負担も不合理ではないと。
差別の問題から入るべきか、教育権侵害の問題から入るべきか

　?　課題
①「差別的取扱い」「合理的配慮」について、学校、教委、裁判所と共通の議論の土俵をどうやってつくるか
②学校、教委に対しては、「できない」ではなく「どうやったらできるか」という建設的対話にどう持ち込めるのか。
以　上
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